レイシャルメモリー 3-08


「バカな女」
 ゼインはかすかに顔を歪めると、もう一度フォースに向き直った。
「今度こそ、サヨナラだ」
 ゼインが短剣を握り直すと同時に、部屋にアルトスが躍り込んできた。フォースが目を見張ったのに気付いたのか、ゼインが後ろを振り返る。
 ゼインは襲ってくる切っ先を、手にした黒曜石の短剣で受けた。だがアルトスの剣は短剣を砕き、ゼインを切り裂く。
 フォースはまばたきもせず、切っ先を追った。振り下ろされた剣の側に、ゼインの身体が崩れるように倒れる。
「無事か」
 怒鳴られると思ったが、アルトスが向けてきた言葉はそれだった。意外さに呆気にとられながらも、フォースは短く、ああ、と返事をする。アルトスが剣を収め、遺体を調べようとかがみ込むと、ちょうどジェイストークがランプを手に部屋へ入ってくるのが見えた。
「今、外します」
 ジェイストークはフォースの状況を見たからか、いくらか慌てながら部屋に視線を走らせた。台の上にランプを置き、そこに鍵を見つけて手に取ると、フォースの手首のカセを外し始める。
「ずいぶん殴られたようですね。いったい何があったんです?」
 フォースは説明しようと試みて、ことの発端がレクタードだったことに思い当たった。
 最初は気付かなかったが、あの時レクタードは明らかに変だった。最後に見た状態は、溶けてしまった兵士にも似ている。そう思うと無事でいるのか心配だ。しかも思い切り投げ飛ばしてしまっているのだ。
「レクタードは?」
「ここに来る一つ前の部屋で監禁されていらっしゃいました」
「様子は? 今どうしている?」
「はい。少し前からの記憶が欠如されている上に、身体が痛くてひどくだるいとのことで、テグゼルがまず陛下のお部屋へと、お連れしています」
 カセが外れて腕が自由になると、腕の痛みと、つま先で支えていたための足の疲労が襲ってきた。媒体である布が腕にあるのを確認し、ホッと息をつく。
 レクタードも体調はよくないようだが、とにかく無事らしいという安心感もあり、その場に座り込みたくなる。だがフォースには、どうしてもやらなければならないと思うことが残っていた。
 ジェイストークは心配げに顔をのぞき込んでくる。
「レイクス様?」
「ちょっと待って」
 フォースはジェイストークに微笑んで見せ、石台まで進んだ。深呼吸を一つすると、黒曜石の鏡を左右からつかんで持ち上げようと力を込める。腕の状態がよくないからか、ひどく重く感じたが、鏡はなんとか持ち上がった。
 これが呪術の道具なら、このままにはしておけない。フォースは鏡を高く掲げると、ありったけの力を込めて床に叩きつけた。鏡は大きな音と共にいくつかの破片に姿を変え、短剣のカケラと混ざり合う。

3-09へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP