レイシャルメモリー 3-09


 ランプの明かりが、スッと小さくなった。ジェイストークは疑わしげにランプをのぞき込む。
 その時。床に散らばったいくつもの破片から、まっすぐ上に向かって光が立ち上り始めた。ひどく明るい光だが、不思議とまぶしく感じない。
「これは。一体なんだ?」
 アルトスのつぶやいたような問いに、フォースは首を振った。
「鏡を割っただけだ。他には何も、え?」
 気付くと、光の中から一人の老人が自分を見つめていた。他にも人の形の光がいくつか立ち上っている。
 フォースは、老人が手招きしているのに気付き、誘われるように二、三歩前に出た。その腕を、アルトスが引き留める。
「駄目だ」
「敵じゃない」
 思わず言い切ったフォースに、アルトスは怪訝そうな顔をしながらも手を離した。
 フォースは、少しずつ上昇しているその老人のすぐ側に立った。そこで老人の瞳が紺色だということに気付き、驚きに目を見開く。老人はどこか母エレンに似ているような目で優しい笑みを浮かべ、フォースをじっと見つめてくる。
「ディーヴァの門番たるシャイアの戦士よ」
 見上げた顔の向こうに、天井が見えている。実体はないのだろう。だが、声は間違いなく耳に届いてくる。
「呪術により囚われしシェイド神の解放を」
 その声にフォースはしっかりとうなずいて見せた。老人の頬が緩み、精一杯腕を伸ばしてフォースの頬に触れてくる。
「会えて嬉しかった。エレンの息子。私の……」
 声が小さくなり、聞こえなくなる。それと同時に姿も見えなくなっていった。ただ、最後にその老人の口が、子孫、と動いたのを、フォースは確かに目にした。
 鏡からの光が弱まるにつれ、ランプの明かりが戻ってくる。ポカンと口をあけて見ていたジェイストークが、緊張が解けたように大きく息を吐いた。
「幽霊、ですか?」
「そう、かな? 鏡に封じられていた人たちなんだとは思うけど」
 フォースの返事に、ジェイストークは乾いた笑い声をたててランプを手にした。
「行きましょう。サフラが気付く前に兵も呼ばないとなりませんし」
「もうちょっと待って」
 フォースはゼインの亡骸に向かって一歩踏み出した。アルトスはフォースの腕をつかんで引き留める。
「すぐ済むから」
 そう言ったフォースの目の前に、アルトスは手にしていたペンタグラムを下げて見せた。フォースはキョトンとそれを見つめる。
「早く受け取れ」
「あ。ありがとう」
 フォースはアルトスに笑みを浮かべて見せ、ペンタグラムを受け取った。それを握りしめ、ゼインに一瞬だけ目をやると、フォースは石室を後にした。

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