レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第3部1章 傍側の呼吸
1. 胸裏 01


 イージスは拉致の命令が下った時のために、できる限りの調査を続けていた。巫女が住む神殿を調べ、少しでも内部の状態を知ることは欠かせないと思った。
 講堂側は訪れるだけですべてを見ることができた。ソリストでもあり巫女でもあるリディアの姿を実際見ることも容易だった。ただ、居住空間側はさすがに簡単に出入りをさせてはもらえない。
 そこでイージスは、街の娘たちと同じ格好をし、まずは出入りする人間、マルフィという下働きの女性との交流を図り、神殿の人間と少しでも馴染むように心がけた。
 今では、そのつど凶器の携帯がないか検査を受けるだけで、裏庭の花壇までならば出入りを許されている。メナウルには女性の騎士や兵士がいないし、ライザナルに存在することもあまり知られてはいないので、疑われづらかったのも要因だろう。
 庭の手入れを手伝いながら神殿の人間と話しができることは、内情を知るためには充分な状況だ。扉が開いた時には、少しだが居住空間もうかがい知れた。
 部屋の左には大きめなテーブル、その奥から右上へとのぼる階段と、正面に右から左へ降りているだろう階段の囲い、右奥には神殿へと続いていそうな廊下の存在は確認している。
 中に入らないと、これ以上の情報収集は望めない。イージスは花殻を摘みながら、一度本隊のいるルジェナに戻ろうと思い始めていた。
「お茶でも飲もうか」
 背が低くふくよかなマルフィの、丸みを帯びた声が背中に聞こえ、イージスは顔を上げた。
「ここ、もうすぐ終わります」
「じゃ、ちょうどいいね。お茶をいれてくるよ。待っておいで」
 扉に向かっていくマルフィに、はい、と返事をして、イージスは体勢を低くしたまま、中へ入ろうとするマルフィを視線で追った。マルフィのノックで、扉が開かれる。
「あら、ルーフィス様」
 その名前を聞き、身体に緊張が走った。その緊張に見合わない笑顔を浮かべ、ルーフィスが姿を現す。マルフィはルーフィスの後ろをのぞき込んだ。
「あらリディアちゃん、お茶、いれてくれたのかい? ありがとうね」
 いいえ、と軽やかな返事がして、リディアが外に出てきた。手にしたトレイにはお茶のポットとカップが乗っている。
 リディアと、うまくすればルーフィスとも、話くらいはできるかもしれないし、知り合いになることができれば好都合なことこの上ない。そう思い、イージスは手を止めて立ち上がった。
「あ、リディアちゃん? あちらが最近お手伝いしてくれているイージスさんだよ」
 マルフィの言葉で、リディアがイージスに視線を向けてくる。目が合うとリディアは微笑みを浮かべ、軽く頭を下げた。歌っていた時よりもいくらか幼く見えると思いながら、イージスも礼を返す。

1-02へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP