レイシャルメモリー 1-02


「こっちにおいで。お茶にしよう」
 マルフィの手招きに、はい、と返事をして、イージスは扉の方へと向かった。
「こっちだよ」
 マルフィは井戸の方向、作業台と椅子が置いてある場所を指差して歩き出し、リディアもマルフィの後に付いていく。イージスはルーフィスと話すのをあきらめ、今いる場所から少しだけ頭を下げて挨拶をすると、まっすぐ作業台へと歩を進めた。
「ここにお座りよ」
 マルフィはイージスのために椅子を引くと、作業台を挟んだ反対側、リディアの側に腰を下ろす。イージスは勧められた席に座った。
 神殿で歌うリディアは、巫女としての自信に満ちあふれ、凛とした美しさに見えた。だが今イージスの目の前にいるリディアは、緊張感が抜けているせいか、ずっとおとなしくて可愛らしく感じる。
 お茶のポットを持った白く長いしなやかな指や、動きに合わせて陽の光がたわむれる琥珀色の長い髪、そして咲きたての花びらのような瑞々しい唇。イージスは、ただリディアの美しさと、その立ち振る舞いに目を奪われていた。
 手を伸ばし、イージスの前にカップを置かれた時、リディアの胸元に自然と目がいった。この胸のおかげで、フォースとニーニアの間に一悶着あったことを思い出す。確かにこの肌でこの大きさ、形なら、さぞ綺麗だろうと思う。
 席について顔を上げたリディアは、イージスの視線が胸元に向いていることに気付いたのだろう、恥ずかしそうにうつむいた。イージスはその様子を見て、ハッと我に返る。
「申し訳ありません。不躾な視線、大変失礼をいたしました」
 勢いよく頭を下げたイージスを見て、マルフィがワハハと朗笑する。
「みとれる気持ちは分かるよ。けど、あんた、まるで騎士みたいな口をきくね」
「は? あ、つい。い、いえ、あがっちゃって……」
 つい、も余計だ。イージスは照れて笑った振りをしながら、落ち着こうと、なるべく分からないよう控え目に深呼吸をした。
「どうぞ、そんなにかしこまらないでください。私はただのソリスト見習いですから」
 そう言って微笑んだリディアが女神そのものに見えるのは、降臨を受けているという先入観、そして自分の失態を追求されないことも原因の半分なのだろう。雰囲気に飲まれているのは間違いなかった。
 しかも、自分だけではない。毒を受けたフォースを助けたことで、アルトスやジェイストーク、果てはクロフォードにさえ、すでに巫女ではなく個人としての存在も受け入れられている。一方的なニーニアの想いのことを考えると、気が重くなった。
「さぁ、お飲みよ。冷めちゃうよ?」
「いただきます」

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