レイシャルメモリー 1-04
「ほんの三年くらいなんだけどね、うちにいたんだよ」
リディアの感情の揺れは幾らか見えるものの、ハッキリと微笑みを崩すことがない。このリディアの笑みは、気持ちを守るための鎧なのだろう。
お茶を口に運びつつ、ふとマクヴァルが繰り返す、巫女の拉致を、という言葉が脳裏によみがえった。拉致されてしまえば、かなりの確率で成婚の儀を行わなくてはならなくなるだろう。そのくらいならニーニアのためにも、軍とは別個に単独で拉致を実行した方がいいのかもしれないと思う。
成婚の儀などと、もっともらしい名前があっても、結局は巫女への暴行でしかない。シェイド神の神官でもあるマクヴァルが、一時期結婚していたという噂も、イージスにとっては儀式を疎む原因になっていた。
「ファル!」
その声と共に、すぐ側の花々の間から緑色の物体が飛び出した。呆気にとられて見つめた遠ざかっていく後ろ姿で、それが子供だったのだと理解する。
「驚かしてしまってごめんなさい。ちょっと失礼します」
リディアはイージスが返事をする間もなく、その子供の側に駆け寄っていった。そこに一羽の鳥が舞い降りてくる。鳥に詳しいわけではないが、狩りをしたり手紙を運ばせるために、よく使われている鳥と似ている気がした。
リディアは子供と一緒にかがみ込むと、その子供から白いモノを受け取っている。どうも何か紙のようだ。鳥が手紙を運んできたのだろう。
その手紙を開いたリディアの顔色が変わった。側に来たルーフィスへと視線を向け、何か言っている。その手紙を受け取って確認したルーフィスは、リディアをエスコートして神殿の中へと入っていった。
「リディアさん、どなたかと手紙のやりとりを? もしかしてあの騎士様と?」
「さあ? あのちまっちゃい子は動物好きでね、よくいろんなのが訪ねてくるからねぇ」
ちまっちゃいとは、小さいということだろうか。その子供は、確かに目に映っているのに、ここにいるのかハッキリしないといった、どこか不思議な存在に見える。すぐ側から飛び出した時も、草の音一つたたなかった。その子供はイージスの見ている間に、サッと草の影へと入っていった。
***
窓の外、裏庭にテグゼルの姿を見つけ、マクヴァルは部屋のドアを開けて廊下に出た。今裏庭に向かえば、外に出る扉あたりですれ違えるだろう。どんな小さなことでもいい、マクヴァルは情報が欲しかった。
マクヴァルにとって、鏡を無くしてしまったのはひどく痛い事実だった。呪術の道具とバレてしまったことで、壊されてしまったとは聞いた。そのカケラだけでも手に入れたかったが、フォースが幽閉されている場所と繋がっていることもあり、石室に入る手だてもなかった。
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