レイシャルメモリー 1-07


 だが、成婚の儀がそこまでの意味を持つのだ、手をこまねいている必要はない。すでにジェイストークを使って密命を出してある。その密命を携え、ナルエスがルジェナに向かっているのだ。
 もうすぐいい知らせがくるはずだ。無くしてしまった鏡に映った巫女の姿を思い出し、マクヴァルは冷笑を浮かべた。

   ***

 アルトスが小屋の中の御者に声をかけて外に出ると、フォースは手にしていたパンをすでに平らげた後だった。
「ライザナルの皇太子が立って食ってんじゃない」
「馬で走りながら食うよりはいいだろうが」
 予想していた返事に、アルトスはため息をつく。
「ここからは馬車だ。もっと食べるなら用意する。鎧を外せ」
 旅をするために作られた軽い鎧、元々メナウルからフォースが着けてきたその鎧のネックガードに、アルトスは指をかけて引っ張った。
「どうして馬車だ。まだ行ける」
 フォースはアルトスの手を払いのけると、サッサと前を馬車の方へと歩いていく。
「早く着きたいのは分かる。だが、疲れているだろう。この辺りが限界だ」
「大丈夫だ」
 フォースとやり合いながら、アルトスはジェイストークが、レイクス様はきっと無理をなさりたがる、と言っていたことを思い出していた。
「バカを言うな。ここで馬車を使わなければ、二ヶ所先まで休めないんだぞ? お前はそんなに保たない」
「だから、そのくらいは大丈夫だって。わかんねぇ奴だな」
 馬に繋いである馬車の金具を外そうとフォースが伸ばした手を、アルトスは乱暴につかんで引き留める。
「分かっていないのはどっちだ。馬車に乗れ。それともメナウルは、お前が行かないと巫女が拉致されてしまうほどの力しかないのか?」
「そんなことは言ってないだろ」
 フォースがふりほどこうとする手に、アルトスは力を込めた。
「着いてすぐに剣を合わせるようなことがあったら、間違いなく斬られてしまうぞ」
 その言葉に胡散臭げに顔をしかめ、フォースがアルトスに向き直る。
「あのな。どうせまだメナウルには着けないだろ」
「ライザナルに敵はいないと誰が言った? 乗れ!」
「イヤだ」
 フォースはそう言い捨てると、またアルトスに背を向ける。アルトスはフォースの腕を放して剣の柄に手をやり、カチャッと剣身で音を立てた。フォースの身体に緊張が走るのが分かる。

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