レイシャルメモリー 1-08


「私に勝ったら妥協してやろう」
「は? じょ、冗談だろ? なに言って……」
 条件反射でつかんだのだろう、フォースは剣の柄から手を離し、もう一度アルトスに向き直った。アルトスはフッと鼻で笑って見せ、馬車の扉を開ける。
「余力がないから断るんだ」
「バカ言え、お前とやり合ったら、せっかく残っている体力、全部使い果たしちまうだろうが」
 頼んだ御者が小屋を出てくるのを見て、アルトスはフォースを捕まえ、馬車に押し込めようと力を込める。
「な、なにしやがるっ」
「言い合っている時間がもったいないとは思わないのか? さっさと乗れ。私は絶対に折れないぞ」
 ほとんど無理矢理乗せられ、不機嫌なフォースを無視して、アルトスは、例の場所まで、と御者に声をかけて馬車に乗り込んだ。
「承知いたしました」
 御者の返事が聞こえ、馬車はゆっくりと動き出す。
「例の場所、か。馬がいる場所をジェイに教えてもらっておけばよかった」
 そうつぶやいたフォースに、アルトスはムッとした顔を向ける。
「教えられるわけがないだろう。お前は必ず無理をすると、ジェイが心配していた。まったくその通りだ」
 フォースはアルトスを睨みつけると、あきらめたのか大きくため息をつき、鎧を外しはじめた。
「だから無理なんて言ってない」
 外した鎧を足下に置くと、フォースは足を床につけたまま上半身だけを座席に横たえた。アルトスは椅子の下を開けると毛布を取り出す。
「少しは言うことを聞け!」
 アルトスは手にした毛布をフォースの顔に向かって投げつけた。フォースは上半身に被さった毛布を、転がったまま器用に広げて身体に掛ける。
「聞くも聞かないも、問答無用で聞かされているだろうが。あぁ、あったかい……」
 フォースは身体が座席に沈んだように見えるほど、大きく息を吐いた。
「マクラーンに戻る時は隠密行動になるから、このルートは使えないよな」
 フォースは窓の外に視線をやっている。その視界には、道ばたの木々と空しか見えないだろう。
「マクラーンは遠い、意志を持てってのも分からない、ジェイの父親の意識が残っているかもしれない。難点だらけだ」
 フォースはつぶやくように言葉を継いだ。斬れば解決する問題ではない。斬るだけでよければ、ジェイストークか、もしくは自分が斬っただろうとアルトスは思う。
「マクヴァルの意識と一緒にジェイの父親の意識も斬るつもりか」
「それ。でかいよな。それが解決しないと斬る意志も持てない。どうにもならない」
「どうにも?」

1-09へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP