レイシャルメモリー 1-09


 アルトスは頭を抱えたくなるのをこらえて、言葉を継ぐ。
「ずいぶん呑気だな」
「考えているようには見えないって?」
 眉を寄せたフォースに、アルトスは、そうだ、と強くうなずいて見せた。フォースは大きくため息をつく。
「……、そりゃそうか。今はリディアのことが心配で、他のことまで気が回ってない」
「本当に考えてないのか?!」
 アルトスが思わず荒げた声に、フォースは目を細めてアルトスを見た。
「うるさいな、後でだ」
「まったく。頼りにしていいんだか悪いんだか、わからん」
 アルトスは、フォースの視線がまた外に向いたのを感じ、反対側の窓から外を眺めた。馬車は結構な早さで走っている。これならそう遅れたりはしないだろうとアルトスは思った。
「寝なくていいのかよ」
 フォースの声に、アルトスは外を向いたまま返事をする。
「私はドナの手前まで行って、お前をメナウルに送り出せればそれでいい」
「寝ろよ」
「心配は無用だ。お前は自分の心配だけしていれば、?」
 フォースの表情をうかがうと、しっかりと目を閉じて眠っているように見える。顔を寄せてのぞき込むと、寝息が聞こえてきた。
「いつの間に」
 もしかしたら、寝言に返事をしていたのかもしれないと思うと腹が立ち、アルトスは思わずフォースの頭を軽く叩いた。
「んん……」
 フォースはほんの少し眉を寄せただけで、起きる気配もない。ドッと身体の力が抜け、思い切りため息が出た。
 それにしても。眠っているとフォースは顔が子供に戻る。エレンに抱かれて眠っていた頃の面影さえある気がする。
(この子をお願いね)
 その頃エレンに何度となく言われた言葉が、脳裏によみがえってきた。
 だが、いったい何をしてやれるというのだろう。メナウルに入ってしまえば、守ってやることすらできない。詩の通りにライザナルへ戻っても、隠密行動になるのだ、守るどころか、どこにいるかさえ把握できないかもしれない。
 それでも。神が降臨を解き、ディーヴァに帰ってしまったら、その時こそ何か力になれるだろうか。
 まるで神が創世を終えて生まれたような世界に、誰もが適応していけるわけではないだろう。その一歩をまず踏み出さなくてはならない運命を背負ってしまっているのが、このフォースなのだ。
 だが、それを重いとは言わせない。それだけのモノを、フォースが持っているのは紛れもない事実なのだから。
 少し眠ろうと目を閉じるその一瞬、アルトスは、フォースの髪を撫でて微笑んでいるエレンが見えたような気がした。

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