レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第3部1章 傍側の呼吸
2. 帰郷 01
イージスは、ヴァレスの街をぐるっと取り囲んだ防壁のすぐ内側、街の北西に位置する場所にいた。道の真ん中で立ち往生してしまった荷台を、必死になって押す振りを続けている。いつもより少し短いスカートをはき、布地に余裕のあるブラウスという、街の女に見える範囲では極力動きやすい格好だ。
もしも拉致が行われることをフォースから知らされていたとしたら、巫女を神殿に置いたままにはしないだろうと、ここ数日、兵士と交替での見張りが続けられていた。
それは無駄にはならなかった。昔フォースが住んでいたという皇太子とその妹姫のいる家に、巫女が移されるのを確認できたのだ。拉致が失敗する確率は格段に減っていることは間違いなかった。
イージスが動きやすい、しかし街の女達と同じ格好でここにいるのには理由があった。防壁から敵の軍隊が見えたら、まず間違いなく伝令が走る。現在巫女がいる家に行く知らせが通るだろうと、簡単に目星を付けられるほど好都合なのがこの道なのだ。
戦闘が始まる危険が高まれば、街には外出禁止令が出される。もし伝令が来なかったとしても、危険が迫っていることは容易に知れるだろう。だが、それまでには一瞬の隙ができるのだ、そこをついて巫女をさらう、それがイージスの立てた計画だった。
そしてその決行が今日、この時間だった。拉致を行うために揃えた人員は、作戦実行にはイージスが選んだ精鋭七人だけが回され、残りのほとんどすべてがおとりに使われる。
七人のうちイージスを含め二人だけが、ここで伝令を待ちかまえ、後の六人は、玄関を守る利用する予定の兵士を除いた、家の周りにいる見張りの始末をし、隙あらば巫女がいる家、人質が取りやすい台所近辺に潜り込んでおく算段になっている。決行の時間を過ぎ、一人二人はすでに侵入を果たしただろうとイージスは思う。
やがて馬が一頭、相当な勢いで向かってくるのが見えてきた。道の真ん中を占拠する荷台が目に入ったのだろう、馬は速度を落とし、イージスが待っていたその場所の手前で止まった。乗っているのは神殿に出入りして知り合った、フォースの隊の兵士、ブラッドだ。こんなに好都合なことはない。
「あれ? イージスさんじゃないですか?」
「あ、ブラッドさん。荷台が動かなくなっちゃって」
イージスは兵士と二人、荷台を押す振りを続けた。ブラッドは荷物を回り込もうと、馬を降りて手綱を引く。
「申し訳ないが、急ぎの用事があるんです。イージスさんも一度家に戻られた方がいい」
その言葉で、ブラッドが伝令なのは間違いないだろうとイージスは思った。荷物を回り込んだブラッドの前にイージスが立ちはだかる。
「仕事を投げ出すわけにはいきません。きちんと巫女を拉致して帰らなくては」
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