レイシャルメモリー 2-02


「なっ?!」
 ブラッドの後ろで、仲間の剣の切っ先が斜めに振り下ろされた。
「あんたは……」
 ブラッドの視線がうつろになり、その場に倒れ込む。背中には大きな傷が走っていた。
「先に行く!」
 イージスは兵士に声をかけると、ブラッドが乗ってきた馬に乗り、その脇腹を蹴った。勢いよく駆け出す馬上から振り返ると、残った兵士が倒れたブラッドを道端に仰向けに転がしているのが見えた。
 すぐ死んでしまうほどには斬っていないはずだ。これで土を蹴って血痕を隠せば、荷台を押すのをあきらめて寝てしまったように見えるだろう。だが、そう見えるのは、ブラッドに血の気が残っている間だけだ。
 巫女を拉致して防壁の外に出るまで、ここからは時間の勝負だ。イージスは馬を急がせた。
 巫女がいるその家は、イージスが着いた時点で、まだ何事も起こっていないように見えた。家の塀に寄り掛かって休んでいるように見える仲間が、振り返りもせずヒラヒラと四本の指を振ってみせる。
 すでに四人侵入している、その手はその人数を表していた。それだけ侵入できていれば、充分正攻法で行けるだろう。自分が到着したことは、人数を教えた見張りが中に合図する手筈になっている。
 イージスは馬ごと門をくぐり、玄関まで馬を進めた。玄関側にいた兵士が、何事かと剣を抜いて駆け寄ってくる。
「ブラッドさんからの伝令です! かなりの数の兵がヴァレスに向かってきていると」
「ブラッドはどうした!」
「私の荷台のせいで落馬してしまって。早く中に知らせてください!」
 イージスの勢いに負けたのか、その兵士は玄関を開け放って中へと入っていく。イージスもその後に続いた。
「なんだって?!」
 大きな声が見張りの入った部屋から響いてくる。イージスが中をのぞくと、椅子をひっくり返して立ち上がったバックスが見えた。
「くそったれっ、メシの時間だってのに」
「食事は後でね。死んだら無駄になるんだから」
 食事を運びかけていたアリシアが、そう言い残して台所に戻っていくのを、身なりの非常にいい、たぶん皇太子サーディだろう男が目を丸くして見つめている。
「了解、必ず食うから用意しとけよ」
 バックスは不敵な笑みを見せてそう言うと、玄関を見張っていた兵の後についてイージスのいる玄関の方へ向かってきた。イージスが剣を抜くと、後ろから着いてきた兵士もイージスにならって剣を抜き、玄関に出てくる兵を阻止しようと、もう一つあるドアに向かう。
 イージスは、先に戻ってきた兵士にドアの陰から当て身をくらわした。倒れる兵士を見たバックスは、驚きつつも剣を抜き放つ。

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