レイシャルメモリー 2-08
「は? この怪我では動けないはずでしょう?」
アジルの言う通り、確かに動けるわけがない。
「だけど、いないんだ」
フォースは、ただ呆然とブラッドがいた場所を見下ろしていた。
「あんたフォースさんだよね?」
その声に、ようやくフォースは血溜まりから目を離した。いかにも街の人間といった感じの人が、側に来てフォースの瞳をのぞき込む。
「その目の色、やっぱりそうだ。いや、薄い茶色の短い髪をした女が、伝えてくれっていってたんだ。名前忘れちゃったんだけど」
薄い茶色、短い髪、フォースは焦る気持ちを抑えて頭の中で繰り返した。
「女……? まさかイージス?!」
「そう、確かそんな名前だったな。その人が、ここにいた兵士の怪我を診てもらうって、荷台に乗せて連れて行ったんだ」
そう言いながらその人は、あっちの方、と街の中心部を指差した。中心部、神殿の近くには、アリシアの勤める怪我の治療を専門に行う施設がある。リディアが神殿からあの家に移ったのを知っているということは、ある程度の期間ヴァレスにいたのだろう、その治療院を知っている可能性も高い。
「ありがとうございます!」
フォースは勢いよく頭を下げると、馬に戻り、町の中心部へと馬首を向けた。アジルも後をついてくる。
こんな時こそ、本当ならシャイア神に無事を願うのだろう。だがフォースにとっては、こんなことが起こっていること自体が、シャイア神のせいにさえ思えた。
フォースはとにかく治療院へと向かった。その建物が見えてくるにつれ、門の近辺に薄茶の髪の女が見えてきた。イージスだ。こちらに気付くと両手を振ってくる。フォースは側まで行って馬を止めた。
「どうして街を出なかったんだ」
「一刻も早く手当てをせねばと思いましたので」
イージスは、馬を降りて手綱をつなぎながら聞いたフォースに、そう答える。
「そのために残ったのか?」
「いえ」
イージスは一言だけ返すと、アジルの馬をつなぐのを手伝った。フォースはイージスの返事に眉を寄せる。
「こちらです」
イージスはフォースの疑問を無視すると、先になってサッサと建物の中へ入っていく。フォースとアジルは後を追った。
イージスの背中を指差して、アジルはフォースに首をひねってみせる。何者かと聞かれたのだろうと、フォースは小声で、ライザナルの騎士だ、と返事をした。アジルは声に出さずに口を、おんな、と動かすと、大げさに驚いた顔をする。
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