レイシャルメモリー 2-09


 イージスがいくつか目のドアの前に止まり、控え目な音でノックをした。中からの、はい、という男の声での返事に、イージスがドアを開ける。そこにはベッドが一つだけあり、ブラッドがうつぶせに寝かされていた。その背中をのぞき込んでいた男が、こちらを振り返る。
「あ、戻ったんだね」
 術師はフォースに目をやって表情を変えずに言うと、はい、と頭を下げたフォースにうなずいて見せ、ブラッドがいるベッドに向き直った。
「ちょっと、……、助かるかは分からないよ」
 術師の言葉に、怪我に気付けなかった後悔が溢れてくる。
 去っていった男が土を蹴っていたのは血痕を隠すためだと、少し考えれば分かったはずだ。それに、これだけの大きな怪我だ、いくら隠しても、どこかしこに血痕は残っていただろう。もしも気付けていたら、ブラッドをここに運んでもらうよう、誰かに頼むこともできた。だが。
(足、くじいちゃって。息も上がってるし。早く行ってください、リディアさんが)
 ブラッドは怪我を隠してくれたのだ。そうでなければ、リディアを斬られていたかもしれない。フォースは術師の横に立ってブラッドの顔をのぞき込んだ。
「リディアは無事だよ。ブラッドが先を急がせてくれたおかげだ」
 聞こえていないと分かっていても、フォースはそう語りかけずにはいられなかった。ブラッドは表情を微塵も動かすことなく、ただ眠っているように見える。
「なんか、安らかに眠っているようですねぇ」
「アジル、お前っ」
 言葉の響きに慌てたフォースに、アジルは両手の平を向けて左右に振った。
「あ、いえ、すごく安心してるってか、いい夢見てるって顔だと思いませんか?」
 そう言われ、フォースは改めてブラッドの顔を見た。確かにとても穏やかで、斬られたという顔には見えない。だが、痛みも分からないのならば、それだけ傷がひどいのだろうと思う。
 顔をしかめたフォースに、アジルは口をとがらせて肩をすくめる。
「ブラッドはきっと、リディアさんの所には隊長がいると思ってるから安心してるんだ」
 護衛という仕事をやめたわけではないのだから、いつまでもここにいるわけにはいかない。ルーフィスにもきちんと話さなくてはならないだろう。
「分かってる。そんな、追い出さなくても仕事返してもらいに行くよ」
「仕事?」
 驚いたようにイージスの声が大きくなる。
「冗談はやめてください、あなたは我がライ」
 フォースは慌ててイージスの口をふさいだ。イージスは口を押さえられながら目をしばたかせる。

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