レイシャルメモリー 4-06


「なーんでもないよ、フォース。知らない方が幸せってこともあるさ」
 バックスの言葉に、グレイは思わず何度もうなずいた。実際フォースが先に起きていたら、本気で大変な思いをするだろう。そう思うと、よかったと言えなくもない。
 パタパタと近づいてくる足音が聞こえ、バックスが階段の方向に、おぉ、と声をあげた。
「ブラッドさん、助かりそうよ」
「ホントか?!」
「意識を取り戻したの。今はまた眠っているけど」
 部屋の入り口に、アリシアが姿を見せた。アリシアは部屋をのぞき込み、笑顔になる。
「聞こえた? よかったわね、フォース」
 緊張して聞いていたのだろう、硬かったフォースの表情が緩んだ。フォースはアリシアに、ありがとう、と返すと、嬉しさに半分涙目なリディアの肩を抱き寄せて視線を合わせ、そっと髪を撫でる。
 恋人とはいえ、フォースは今はまだ、リディアを守る代表みたいなモノだ。部下のはずの兵士たちは、家族のように見える。しかもひどく制約の多い二人だからか、なおさら一緒にいるのを妙に穏やかな気持ちで受け入れてしまう。
 ふと気付くと、リディアがじっとフォースの口元を見ている。目が合わなくて落ち着かないのか、フォースがリディアの顔をのぞき込んだ。
「なに?」
「ヒゲ」
「そりゃ、ほっとけば出てくるって」
「まだら」
 フォースは、リディアの言葉に吹き出す。
「頼むから、そうじゃなく、薄いって言って」
 そのやりとりに、バックスとアリシアが顔を合わせて笑いあっている。
「急いで戻ったってわりには、身なりはちゃんとしてたよな」
 グレイはノドの奥で笑いながら、思ったままを口にした。フォースは苦笑を向けてくる。
「一緒に来た奴が、毎朝やかましかったんだ。そんなことよりも移動が先だってのに」
「それはレイクス様に、あ……」
 イージスは、フォースの視線に一度口をつぐみ、改めて言葉を継ぐ。
「フォース様に、少しでもお休みいただこうと思ったのではないかと」
 フォースに様付け、とつぶやいたアリシアをいちべつして、フォースはイージスに視線を戻す。
「そんな殊勝なことを考えるか? アルトスが?」
 その言葉に今度はバックスが、アルトスかよ、と、ため息混じりに言葉にした。気に障ったのか、フォースが眉を寄せてドアの側にいる二人を見やると、リディアがフォースの袖を引っ張る。
「考えてくれていたわ」
「え?」

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