レイシャルメモリー 4-11


 ブラッドが、うろたえたように早口になった。苦笑したブラッドに微かな笑みを向けて、フォースは頭を下げた。
「ありがとう。リディアが無事だったのは、ブラッドのおかげだ」
「仕事ですからね。それを一番に考えなくては」
 その言葉を聞き、フォースの左腕を掴んだリディアの手に力がこもる。
 フォースには、今リディアが思っていることが手に取るように分かった。守るために命を犠牲にしてはいけないと、何度もリディアの口から聞いてきたのだ。
 フォースは空いている右手で、左腕をつかむリディアの手を包み込んだ。ここで言って欲しくないとフォースが思っていることを感じ取ったのか、リディアはフォースに寂しげな笑みを向けると、控え目に視線を落とす。フォースはそれを隠すように、ほんの少しだけ声のトーンを上げた。
「そうだ、明日から城都に行ってくるよ。陛下宛の親書を届けてくる」
「そ、それって……」
 ブラッドは大きく見開いた目を細め、フォースに満面の笑みを向けた。
「気を付けて行ってきてください」
「帰ったら、また来るよ」
 ブラッドがうなずくのを見て、フォースはドアに向かった。リディアがブラッドに向けて手を振るのを少し待ってから、その部屋を後にする。
 リディアはフォースの腕をとったまま、うつむき加減で歩いている。
 リディアの言いたいことは分かる。だからこそ、自分は犠牲にならないように気を付けているつもりだ。だが実際、自分が犠牲にならないとリディアを助けられないという場面になったら、まず間違いなく犠牲になることを選ぶだろうと思う。
「男はそういう生きものかもしれない。器用にはできてない」
 つぶやくように言ったフォースに、リディアは小さくため息をついた。
「それでも、自分を大切にして欲しいの。たくさんの人が守るのは、一人も犠牲にしないためなんでしょう?」
 それは確かにそうなのだ。だが。
「俺は、一番犠牲になって欲しくない人を守ってるんだ」
 リディアはハッとしたように目を見開いた。自分が犠牲になってもと一番強く思っているのは、リディアなのかもしれないとフォースは思う。
「だから少しでも早く、一人も犠牲のいらない状況を目指そう」
 その言葉に、リディアはまぶしそうに目を細めてフォースを見上げてくる。わずかだが、しっかりうなずいたリディアの唇に、フォースはキスを落とした。

第3部2章1-01へ


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