レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第3部2章 拘泥の相関
1. 影の膨張 01


 マクヴァルは、烏文木製の黒い机に重ねてある数冊の本の隣に、手にしていた本を伏せて置いた。変わらない表情で、窓の側へと歩を進める。
「惜しいな」
 風の言語で書かれたその本には、自分がシェイド神を取り込んで以来見たことがなかった妖精を、その世界から引きずり出して利用する、その方法が書かれていた。
 ただ、無理に呼び寄せることになるために、様々な能力はなくなって知能も減退し、外見も崩れた化け物のようになってしまうとある。当然壁を抜けることもできないだろう。そんな状態では、フォースが幽閉されている塔を襲わせることは難しい。
「上手くはいかないモノだな」
 その手が駄目なら他に探すまでだ、時間はいくらでもある、とマクヴァルは思った。
 改めて眺めた窓の外には、重く垂れ込めた雲の下、色とりどりの花が揺れている。本来ならもっと南で咲く花だ。庭師が水を撒いているが、その水も花にとっては冷たく感じるはずだ。
「水か」
 ほとんど無意識にそう口にして、マクヴァルは机の本を振り返った。閉じて重ねてある本は、隣国メナウルでもなかなか手にすることができないほど貴重なシャイア神についての書物だ。そこにはシャイア神の特性が、あますところなく書かれていた。
 シャイア神が、すべてを伝える使いの神であることは知っていた。だからこそ、あの詩の水がメナウルを差すことを解読できた。しかし、他の神から存在を隠して行動できること、その視界範囲内にいる戦士も同様であることは、まったく知らなかった。最近手に入れたこの書物で初めて知ったのだ。
 だがそれを知ってもなお、マクヴァルの笑みは消えていない。手はすでに打ってあるのだ。巫女を拉致したとの報告を、ただ待てばいいのだと思う。
 バタバタと足音が近づき、ドアにノックの音が響いた。
「マクヴァル殿、失敗でございます」
 ノックに被るように聞こえてきた声に、マクヴァルは顔を歪める。
「なに? 失敗しただと?」
 そういいながらドアに近づき、大きく開く。その向こう側にいた声の主が、その場で頭を下げた。
「出兵まではこぎ着けたのですが、止められてしまったようです」
「いったいなぜ、そのようなことに」
 一度頭を上げかけた年老いた神官が、改めて深々と首を垂れる。
「命令の後に発ったアルトスが、そのような命令は出されていないとの報告をしたらしいのです」
 その言葉に、マクヴァルはフッと鼻で息をついた。
「信仰心が薄れたか、それともレイクスに懐柔されたのか」
「陛下かレイクス様がルジェナで直接命令を下さねば、軍は動かないと決まったようです。戦は必要なのだと分かっていただけているのかどうかも疑わしいですな」

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