レイシャルメモリー 1-02


 これで間違いなく軍を利用する手は使えなくなってしまった。しかも場所がつかめないとなると、シャイア神の侵入を考慮に入れなくてはならないのだ。このまま黙っているわけにはいかないだろう。
「動かずに待たれますか?」
「拉致の説得は続けねばならんだろうな。その日が来て気が変わったでは話にならん」
 もう下がれ、と言いかけて、マクヴァルは口を閉ざした。
 塔の内部に潜入させるのが無理だとしたら、引きずり出した妖精をシャイア神の見張りに使えばいいのだ。知能が減退すれば、盲目的に従ってくれる可能性もある。命令して動かすにはちょうどいいだろう。
「明日にでも同胞を召集する。準備を頼む」
「何か策が」
 年老いた神官は、冷たい笑みを浮かべたマクヴァルを見ると、目を細めて頭を下げた。
「分かりました。失礼いたします」
 その神官が背を向けるのを見て、マクヴァルはドアを閉めた。
 まずはその妖精とやらを呼び出してみることだ。使えるモノなら量産し、前線方面へ送り込めばいい。シャイア神がライザナルへ来ようというなら、神の存在であるゆえ敏感に察知できるかもしれない。防御のため、石にして神殿に配置しておくこともできる。
 あまり複雑でない円形の図形を書き、呪文の詠唱をするだけで、この呪術は成立するはずだ。ただ、本に書かれているのは息だけで表さねばならない風の言語だ、息を操る慣れや抑揚の鍛錬が必要になるだろう。
 マクヴァルは机に伏せておいた本を、再び手に取った。部屋を出て石の階段を通り、神殿地下へと歩を進める。地下一階にあるエレンの墓をいちべつし、シェイド神の像が置かれている台の裏側へと足を向けた。
 そこに立ち止まったマクヴァルは、指先で石の台に触れ、口の中でブツブツと呪文の詠唱を始めた。ガリガリと石が擦れ合う音が響き、台の手前半分が右へとずれていく。そこに現れた階段に足を踏み出し、もう一つ下の階へと向かう。
 マクヴァルが通り抜けると、その台はまた石の擦れ合う音を立てて元の台へと戻っていく。光がさえぎられていく中、マクヴァルが指を組んで差し出した先、階下にある左右のランプに火が灯った。その間に見えてきた木のドアを押し開く。
 そこには、塔の下にある石の部屋とそっくりで、少し広い円形の空間が広がっていた。中程にある石の台には、インク壷や紙、測量に使う糸や染料などが雑然と置いてある。その中から、マクヴァルは白く柔らかな石を手にした。
 ドアは木製だが、その先は頑丈な石台でさえぎられている。人に悟られないように呪術を試してみるには格好の場所だ。マクヴァルはその床にはいつくばって、本に載っている図形を書き写していく。
 壁に響く、床と白い石の擦れる音をいまいましく思い、舌打ちが出る。レイクスの幽閉により、完璧に作られた部屋が使えない場所になってしまったためだ。マクヴァルは、雑念を振り払うため一度大きく息をすると、本と同じになるよう気を付けながら、再び様々な図形と風の文字を床に書き込んでいった。

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