レイシャルメモリー 1-03


 最後の線を書き終えた時、白い線の影が浮き上がり、一瞬の後に黒に変わった。その反応に、マクヴァルは薄い笑みを浮かべながら立ち上がる。そして本にあるいくつかの呪文の中から短い一つを選びだし、頭の中で何度もその呪文を繰り返した。
 呪文を記憶に染み込ませ、マクヴァルは石台の上に本を置くと図形の前に立ち、両手を前に差し出す。
 マクヴァルは、音を外さぬよう注意を払いながら風の音を発した。音に反応してか、一番外側の黒い線が浮き上がってくる。
 マクヴァルが呪文の詠唱を終えた時、図形の真ん中にブツブツと音を立て、黒い泡が盛り上がってきた。やがてその泡は、首が曲がり、胸から足が生えている、左右非対称な羽を持った物体を形作っていく。
 その黒い物体は苦しげに、キィ、と甲高い声をあげると、崩れ始めた羽を広げて床を蹴り、マクヴァルの法衣をかすめて壁に激突した。グチャッと元の形が分からないほどに潰れ、ボトボトといくつかのかたまりになって、床に落ちていく。
 黒い液体が壁を伝うのを見て、マクヴァルはフッと鼻の奥で笑った。
 初めて呪文を唱えて、ここまでできたのだ。何度か練習すれば、何の苦もなく妖精を引きずり出せるようになるだろう。そして本にある長い呪文を練達すれば、大型の妖精も使うことができるようになる。
 笑みを浮かべた顔を引き締めると、マクヴァルはもう一度、黒い円に向かって手を差し伸ばした。

   ***

「使者か。本当に来ていたのか疑わしいな」
 神殿裏へと続く扉を背にしたバックスに向き直り、フォースは苦笑した。
「気持ちは分かるけど、記録には残っているんだ。ライザナルも、そんなにいい加減なわけじゃない」
 その言葉を聞いてフォースがライザナルの皇太子だと思い出したのか、バックスは慌てて口を覆った。グレイはいつもの席で本に目を落としたまま、可笑しそうに笑みを浮かべる。
「気持ちが分かったりしちゃ、駄目なんじゃないか?」
 グレイが向けてきた言葉に、フォースは眉を寄せた。
「ライザナルはずっと敵国だからな。いきなり印象を変えるなんて無理だ」
「でも、その記録を信じるほどには変わったってわけだ」
 グレイが真顔に戻り、肩をすくめる。フォースは首を横に振って、小さくため息をついた。
「そうかもしれない。でも、メナウルの人間で使者を阻止しそうな奴が浮かんだから、なおさら信じる気になれたんだけど」
「なにぃ?!」
 バックスが素っ頓狂な声をあげた。グレイが初めて顔を上げる。

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