レイシャルメモリー 1-06


 こうして存在を感じているだけで、気持ちの揺れがなくなる。迷わず一瞬で決断できるのだ。
「イージスが戻ったら出発するよ。準備はいい?」
 椅子に落ち着いたリディアがうなずくと同時に、廊下からトレイにお茶をのせたユリアが入ってきた。部屋の入り口で一瞬足を止めると、いくらか表情を歪め、もう一度足を踏み出す。
 ユリアが何も言わないままお茶を配るのを見ていて、フォースは思わずリディアの表情をうかがった。リディアは視線を合わせて微笑みを向けてくる。ユリアがその横からお茶を側の机に差し出した。
「連れて行くのね。イージスって人」
 お茶を置くついでに耳元でささやかれた言葉に、フォースは顔をしかめた。
 付いてくるのも、ヴァレスで秘密裏に動かれるのも、どちらも面倒には変わりない。それなら目の届くところにいてくれた方が、まだマシではある。
「下手に動かれても気味が悪いから同行してもらうだけだ。君には関係ないだろう」
 だから口を出すなと言いかけたフォースに、イージスは不機嫌な視線を向けた。
「信じられない。だいたい、女連れで帰ってくるなんて最低」
「好きで連れてきたワケじゃない」
 フォースは、ライザナルに行ってくる前と変わらないユリアの声の冷たさに、ため息混じりでそう返した。ユリアは、フォースからツンと視線を逸らす。
「それに婚約者だなんて。リディアさんがどんな気持ちになるかくらい考えたら?」
「他の女と結婚する気なんか俺には微塵もない。しかもあんな小さな子供をどうやったら婚約者だなんて思えるんだ?」
 フォースの言葉に、ユリアが忌々しそうに振り返る。
「あなたの気持ちなんて関係ないわ。それに、婚約者に大きいも小さいもないでしょう?」
 ユリアがフォースを指差して言った言葉に、グレイは肩をすくめて、正論だな、とつぶやいた。
 不安そうな顔をしていたからだろうか、リディアが見上げてきて、首を横に振る。リディアがなにか言いかけた時、扉にノックの音がした。
「私だ」
 ルーフィスの声がして、バックスが扉を開けた。だが、まず入ってきたのはイージスだった。その後からルーフィスが顔をのぞかせる。その手招きに、フォースはリディアに苦笑を残し、扉まで歩を進めた。
「日程だ」
 差し出された一枚の紙を、フォースは受け取った。ルーフィスはフォースの耳元に口を寄せる。
「秘密裏に進めてあるとはいえ、二隊動くのは目立つ。悟られる可能性を考慮して動け」
 はい、と返事をして視線を合わせたフォースに、ルーフィスは表情を引き締めたまま目を細めた。
「標的がどちらになるかも分からん。充分に気を付けて行ってこい」

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