レイシャルメモリー 1-07


 ルーフィスはポンとフォースの背を叩くと、神殿をあとにした。遠ざかっていく背中に聞こえないよう、分かってるって、と小声でつぶやいたフォースに、バックスが、親だよなぁ、と返す。
 フォースはため息をつきつつ苦笑して、手にした日程の紙を広げた。バックスが横からのぞき込んでくる。
「余裕が無いな。結構ギリギリだ」
「そりゃ、急ぎなんだから仕方がない」
 フォースが日程に目を落としたまま言うと、バックスはククッとノドの奥で笑った。
「いや、悪い。早く帰ってこられそうだと思って」
 その言葉を聞いて、フォースはバックスに冷笑を向けた。背中からユリアの声が聞こえてくる。
「レイクス様って立場から抱かせろって言われたら断れないんでしょ?」
 何を考えているのかと、フォースは大きく息をついて片手で顔を覆った。イージスは、はい、と返事をする。
「どのようなことでも、逆らうなど許されません」
「は? バカ言えっ、逆らえよ!」
 フォースは、イージスの言葉に驚いて、声を荒げた。イージスは困ったように眉を寄せる。
「はぁ。ですが命令でしたら従わないことには」
「そんなことに従うくらいなら、黙って従ってライザナルへ帰れっ!」
 扉を指差して言ったフォースに、グレイが背を向けた。
「んわ、焦った。抱かれろって言うのかと思った」
「そんなわけないだろっ」
 笑っているのだろう、肩を揺らしているグレイを見ていると、怒っていることすらバカらしくなってくる。
「これだけ強い立場で、結婚を断ることすらしないなんて」
「俺は既に断ってる。当たり前だが、皇帝の方が偉いんだ。先に宗教をなんとかしないと、これ以上は聞き入れてもらえない」
 フォースの言葉に、ユリアは眉をしかめた。
「神様のせいってわけ」
 リディアは立ち上がってフォースに苦笑を向けると、ユリアの側に立って見上げる。
「ねぇユリアさん。小さな女の子に好かれるのは罪じゃないでしょう?」
「でもリディアさんは一人で残されて辛い思いをしたのに。簡単に許しちゃ駄目です」
 ユリアが言った辛い思いという言葉は、フォースの胸に痛かった。離れているのに信じろだなど、心のやりどころも思いを晴らす方法も何も無い。それをリディアに強いてしまっていたのだ。だがリディアは一度うつむくと、柔らかな笑みをたたえて顔を上げた。
「何も無くさないようにって思ったら、それしか方法がなかったわ。フォースが私を置いていくのは守ろうとしてくれてるんだって、その時分かった。私が辛かったのは、私がフォースの側にいることができないほど弱かったからなの」

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