レイシャルメモリー 1-09


「いや、分からなくていい。ユリアのためにもフォースのためにも、嫌われてると思っていた方がいいかもしれない」
 そう言うと、グレイはペロッと舌を出した。グレイはひどく聡い奴なので、惚れられているということも、もしかしたら本当なのかもしれない。だが、グレイが考えて、嫌われていると思った方がいいと言うなら、それはその方がいいのだろう。分からないモノはこれ以上考えようもない。
「行こう」
 フォースはリディアに声をかけた。リディアは、はい、とうなずくと、寄り添うように側に立つ。扉に行きかけた時、視界にイージスが入った。
「君は民間人として、アジルと行動を共にしてくれ」
「御意」
 そう言って頭を下げたイージスのあまりの丁寧さに、フォースは危うく吹き出しかけた。リディアはフォースの腕を取り、笑っているのか顔を隠すようにおでこを寄せている。
「あのな。もっと普通にしていてくれないと困るって何度も」
「すみません、つい」
 頭を下げたイージスを見て、リディアはフォースの腕を引いた。
「移動って、馬車よね?」
 その問いにフォースはリディアを見下ろし、そうだよ、と返事をする。
「一緒に乗ってもらった方がいいんじゃない?」
「それは……」
 いくら隠すためでも、リディアとイージスを二人だけにするのは抵抗がある。むげに危険だとも言えずにフォースが言葉を濁すと、イージスがリディアに向かってかしこまった。
「私は巫女様の命を狙った人間です。ご一緒するわけにはまいりません」
「でしたら、もっと気を付けてくださいね。フォースがフォース以上の扱いを受けていたら、何かと怪しまれるでしょうし、危険ですから」
 リディアはそう言うとイージスに笑顔を向けた。分かりました、と軽く頭を下げたイージスは、リディアにつられたのか安心したのか頬を緩めている。リディアはその笑みを引き締めて、フォースを見上げてきた。
「フォースもよ。高圧的な言い方をしたら、イージスさんだって、かしこまってしまうと思うわ」
 リディアが言った言葉に、フォースはハッとした。確かに、イージスがそこにいるという事実にイライラして、色々押しつけるような言い方をしていたかもしれない。そんな命令を聞こうと思ったら、誰だろうと一歩下がるしかないのだ。
「そうか。そうだな。気を付けるよ」
 フォースが同意したことにホッとしたのか、リディアに笑みが戻る。
 フォースがリディアの背を支えるように手を添えると、グレイが、気を付けて、と手を振ってきた。リディアが手を振り返すのを待って、フォースはリディアと一緒に神殿を出た。

2-01へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP