レイシャルメモリー 2-06


「兵も馬も無事です」
 そのアジルの後ろ、宿の横に兵と馬が進んでくる。予定にない様子に気付いたのだろう、周りの森や建物の陰から、ちょうど二隊分ほどの敵兵が飛び出してきた。馬小屋から戻った兵士たちの後ろで、剣の音が響く。
「騎乗しろ! 蹴散らせ!」
 バックスの声が飛んだ。乱戦状態になるのはいただけないが、前線の兵と城都の兵の実力差は大きい。同数ほどなら心配もいらないだろう。
 フォースは窓のない場所を選び、リディアを左腕で抱くように引き寄せると、宿の壁を背にして立った。前方には半端に大きくなったティオが、立ちふさがり、リディアはほんの少し震えているが、何も言わず腕の中でじっとしている。フォースは念のために剣を抜き、状況を見つめた。
 裏の方からこぼれてきた敵兵は、ティオのさらに前にいるバックスが、すべて相手をしてくれている。手を出す必要は無さそうだ。
 街道側を見ると、城都の方から敵兵を乗せた馬が五頭ほど駆けてくるのが見えた。城都へ逃げようとしたところを待ち伏せでもするつもりだったのだろう。バックスも気付いたのか、馬をよこせ、と合図を送った。
 その時、フォースの左右にある二つの窓を破り、同時に敵兵が飛び出してきた。大きな破壊音で、リディアがすくんだように身体を硬くする。
 フォースはリディアを後ろに庇い、剣を振り上げた右側の兵を蹴り倒した。ひっくり返った兵に背を向け、左から振り下ろされる剣を受け流す。わずかに体勢を崩した剣の柄を突いて、敵兵の手から剣をはじき飛ばした。剣を目で追った兵の首筋に手刀を叩き込み、バックスの合図で側に来た馬にリディアを乗せて、自分も騎乗する。
 完全に大きくなったティオは、まわりの敵兵をつかみ取り、辺りの樹木に背中のプレートで引っかけ始めた。
 腕の中のリディアから、虹色の光が膨れ上がった。それに気付いた敵兵の動きが止まる。シャイア神と入れ替わったのだと思ったフォースを見上げ、リディアは微笑んだ。
「光だけでも効き目はあるわよね」
 緑の輝きをたたえた瞳でのリディアの声、リディアの言葉に驚いたが、今はそんなことは言っていられない。フォースは笑みだけ返すと、馬で駆け寄ってきた敵兵に切っ先を向けた。
 リディアは上体をフォースに預けるように寄り添って振り返り、光を放ったまま冷ややかな視線を近づいてくる敵兵に向ける。敵兵たちは、その虹色の光と視線に慌てたのか、無理矢理馬を止めた。
 リディアの光を見て、明らかに敵兵の士気が下がるのが見て取れる。シャイア神はメナウルの神なのだ、信仰心が深ければ深いほど、敵視されては生きた心地もしないだろう。剣の音が消えた。その場にひざまずいてしまった敵兵すらいる。

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