レイシャルメモリー 2-07


 これが通じるのだから、狙いは自分の方だったのだろうとフォースは思った。クエイドが説く戦争継続に賛同はしても、それがシャイア神に逆らうことになるなど、普通なら知らない。いきなり事実を突きつけられることになるのだ。
 戦闘中とは思えない静寂が、辺りを包んだ。アジルやイージス、ティオさえも、雰囲気を察したのか馬の側に近づいてくる。
「シャイア神はその男の素性をご存じか!」
 敵兵をまとめているのか、一番上質そうな鎧を着けた男がそう叫んだ。リディアはその男に緑色に光る瞳を向けて口を開く。
「ライザナル皇帝の子息であり、神を守護する一族の者でもあります」
 聞き慣れない言葉だったのだろう、その男は確かめるように周りにいる仲間の兵と視線を合わせ、首を振り合った。リディアの声にシャイア神の声が少しずつ重なり、大きくなってくる。
「この人を失うようなことがあれば、直接神の怒りを買うことになりましょう。私だけではなく、大いなる神にも必要な戦士なのです」
 シャイア神が直接話せるのなら、最初から全部説明して欲しいとフォースは思った。だが、もしかしたら今のリディアだからこそ、こんなふうに同調して話せているのかもしれない。
 巫女だからなのか、それとも自分には何か足りないことがあるのか。短剣の光が消えてしまったことも、何か関連がありそうな気がする。
 敵兵たちは呆然とリディアを見ていたが、ハタと気付いたように剣を引き、鞘に収める者もいる。それでも敵兵の半数近くが、剣を手にしたまま、大きなティオを気にしながらジリジリと近づいてくる。フォースはその兵士一人一人に目を留めて口を開いた。
「貴様らはクエイドの素性を知っているのか?!」
 まだ剣を手にしたままの敵兵たちは、その言葉で動揺を見せた。
「薬を使ったこのやり方は、クエイドがライザナルと通じていたことを意味しているんだぞ!」
 その一言で、また敵兵数人の足が止まった。それでも残りの数人が、先ほど声をあげた男を先頭に距離を狭めてくる。
「俺は仇を取りたいだけだ! お前がライザナル皇帝の息子なら、その命が欲しい! クエイドなどただの道具でしかない、何をしていようと関係ないっ!」
 すぐ側で、バチッという弾き損ねた剣のような音がした。ふと見ると、白い光をたたえたリディアの手が、ゆっくりと敵兵に向けられていく。
「駄目だ」
 フォースは、今にも光を放ちそうなその手をつかんだ。女神の瞳が振り向いてフォースを見上げる。
「殺さない。すべての記憶を消すだけだ」
「たいして変わらねぇだろっ」
 初めてまともに交わした会話がこれかと、フォースは頭を抱えたくなった。女神は再び手に白い光を溢れさせる。

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