レイシャルメモリー 2-08


「ならば」
 女神が男に向けようとした力を、フォースはとっさに押さえつけた。光球が男の足元に飛び、土埃が舞い上がる。男は腰を抜かしたかのように、その場にへたり込んだ。
「バカやろっ、都合で人を殺すな! そんな命令もするな! 俺は決して恨みで人を斬ったりしない。彼も、影もだっ」
 フォースは思わず女神に抗議した。だが、目に入っているのは、冷たい瞳で見上げてくるリディアの姿だ。こんな話しをしていることに苛立ってくる。
「くそったれ、サッサとリディアを返せよ」
 顔を歪めてつぶやいたフォースに、女神は目を細くして微笑みを向けてきた。その瞳から緑色の輝きが、全身から虹色の光が、少しずつ引いていく。
「そういう意味じゃ……」
 フォースはため息をつき、片手で顔を覆った。へたり込んでいた男が、周りにいた兵士に助けられて立ち上がる。
 フォースはリディアを支えながら、敵兵たちに向き直った。リディアは瞳を閉じてほんの少し首を振ると、再びフォースを見上げてくる。
「大丈夫か?」
 フォースはリディアと一瞬だけ視線を交わした。リディアの瞳は完全に元の色に戻っている。
「平気よ」
 リディアはそう答えると、フォースに倣って敵兵に身体を向けた。女神の攻撃のせいか敵兵の視線に力が無くなっている。
「い、いくら脅されても俺は。あいつの仇を……」
 その言葉に、フォースは緊張を高め、剣を握り直した。もし攻撃してきても、すぐ前に陣取ってくれているティオやバックス、周りの兵が相手をしてくれるはずだ。だが突破されでもしたら、馬上で手綱を持ったままリディアを支え、剣を振るわなければならない。危険この上ないし、できることならそんな情景の中にリディアを置きたくないと思う。
「お前が死ねば、クロフォードに苦痛を与えることができるんだ!」
 男は自分で無理矢理気力を取り戻そうとするように、声を大きくした。リディアはフォースが握り直した剣に目をやり、気を落ち着けるように大きく息をつくと、視線をその男に向ける。
「この人の命を奪えば、あなたは気持ちの安らぎを得られるのかもしれません。でも、決して安穏な生活は訪れません。ライザナルの皇帝も、私も、神でさえもあなたを恨むでしょう」
 声は違うがリディアが発した言葉だ。女神が手にした光の威力を思い出したのだろう、男の声が上擦った。
「う、恨みなんていくら買ったってかまわないっ。俺はあいつのために」
「その方は、あなたがそんなふうに恨まれることを望まれるような方だったのですか?」
 リディアが口にした問いに、その男は声を失っている。口を意味無く開け閉めし、何か言い返そうと泳がせた視線をリディアに向けた時、リディアは手のひらを向けてその言葉を制した。

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