レイシャルメモリー 2-09


「もしそうなら、私はあなたを止めません。あなたがもし、……、命を落とすようなことがあっても、この人が無事でいることだけを祈ります」
 しっかりとした口調でそう言ったリディアを、敵兵たちは呆然として目も口も開けたまま、じっと見つめている。
 ほんの少し首を巡らせたリディアの頬を涙が伝い落ちるのが、フォースの視界に入った。兵士たちは、まさかリディアが涙を流すなど思ってもみなかったのだろう。それでこの状況なのだとフォースは理解した。
 フォースはリディアに回した腕に力を込めて抱き寄せた。リディアは敵兵から顔を隠すようにうつむき加減で、身体をフォースに預ける。
 フォースは敵兵に鋭く冷たい視線を向けた。
「俺は今、ライザナル皇帝の使者でもあるんだ。戦のない平和な世界が欲しいとは思わないのか? 仇を討つなら戦そのものに討てよ!」
 その言葉に、敵兵たちは驚きの表情で顔を見合わせている。
「だいたいクエイドに利用されているのはお前じゃない、お前が大切にしているその人なんだぞ!」
 声が怒りで震えた。リディアの腕が背中の方へ回るのが分かる。フォースは剣を逆手に持ち変え、手の甲でリディアの髪を撫でた。
「分かってる。殺したりはしない」
 フォースの言葉に、リディアは悲しげな瞳のまま、ほんの少しの笑みを浮かべた。それを見ていた敵兵が長いため息をつき、切っ先を地面に降ろす。
「仇を討ちたいのは、あんたじゃない。あんたじゃ、憎悪のつなぎにはならない」
 男の言葉で、その周りにいた仲間の兵士たちも、緊張が解けたように肩を落とした。
 後方の戦意を喪失した敵兵をまとめていた兵士たちが、前に出てきた男たちも捕まえ始めた。ティオは辺りの敵兵を三、四人まとめて抱え込むと、また木の太い枝に引っかけだす。
「しばらくおとなしくしていてもらおう。無事に城都に着けないと、せっかくの和平も頓挫しちまうからな」
 バックスも、敵兵をまとめていた男を拘束にかかる。男は半信半疑な顔をフォースに向けた。
「戦は、……、終わるのか?」
 この戦の根がどこに張っているかは、もうすでに分かっている。あとはその根を断ち切ればいいのだ。
「終わらそう」
 問いかけてきた男にそう返して剣を収め、フォースはリディアと馬を降りた。
 とたん、ティオがバックスから男をひったくった。叫び声を上げている男を持ち上げると、背中とそのプレートの間に、木の一番上の枝を差し込んで固定する。ティオは、暴れると折れるからね、と声をかけると辺りを見回した。

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