レイシャルメモリー 3-02


   ***

「通してくれ」
 メナウル皇帝ディエントの声が、ドアの向こう側に響く。グラントは、承知いたしました、と声を掛けてからドアを開いた。フォースはグラントに礼をし、リディアと共に部屋へと入る。
 二人が通されたのは、ディエントが近しい人間と対話する時に使われる部屋だ。あまり広くなく窓も一つしかないが、調度品が品よく置かれ、落ち着いて話しをするためか、小形の椅子とテーブルが据えられている。ディエントの私室に程近く、警備も完璧に騎士のみで行われていた。
 その部屋の奥に、ディエントが悠然と立っていた。
 入室し、背後のドアが閉まった音を合図に、フォースはひざまずいた。左隣、少し後方でリディアもフォースに倣う。ディエントはフォースの前に立った。
「経緯はすべてサーディより報告を受けている。まさか君がライザナルの皇太子とはな。よく無事で戻ってくれた」
 フォースには、戻って、という言葉が嬉しかった。そして、ライザナルの皇太子だと知っていてなお、快く迎え入れてくれた感謝の気持ちから、深く頭を下げる。
「巫女を拉致するための出兵がありましたこと、遺憾に思っております。二度とこのようなことが起こらないよう」
「君のおかげで大きな混乱にならずに済んだのだから、気にすることはない」
 ディエントはフォースをさえぎってそう言うと、笑みを浮かべる。だが、フォースにはそうは思えなかった。
 逆にもし自分がいなければ、巫女に直接手は出さなかったのではないか。たぶん自分の動きを封じるために、巫女を拉致しようという計画が持ち上がったのだろう。
 考えあぐねるフォースに、ディエントは苦笑を浮かべて見せ、その右手を差し出して立つように促した。
「まず立ちなさい。ここではそのような儀礼は必要ない」
 その言葉に従い、フォースは立ち上がった。振り返って、左側にいるリディアにも手を貸し、リディアと控え目な笑みを交わす。
「しかし、よくこの短期間で戻ってこられたな」
 ディエントが小首をかしげての言葉に、フォースは思わず苦笑する。
「思いの外命を狙われることが多く、危険を考慮してくれたのだと思います。それと、これをお届けする必要が出てきましたので」
 フォースは鎧の内側から親書を取り出し、ディエントに向き直った。
「クロフォードより預かりました親書です。どうぞご一読を」
 ディエントは大きくうなずいて親書を受け取る。
「君が帰ってこられたのも、ライザナル皇帝の愛情があるからこそ、ということらしいな。ならば、信じてみるのもいい。まずは拝読しよう。ここで待っていてくれたまえ」
 親書の裏にある封印を見ながらそう言うと、ディエントは部屋を出て行った。

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