レイシャルメモリー 3-03


 軽くお辞儀をして見送ったフォースは、ドアが閉まる音を聞いて顔を上げた。笑みを向けてきたリディアを抱き寄せる。リディアは暗い息を一つついてから、フォースに身体を預けた。
「聞き入れてくださる、わよね……?」
 胸の辺りで小さく響く声に、ああ、と、うなずいて、フォースは腕に力を込めた。
 確信しているわけではなかった。だが、若い時に反戦を考えた時期があったとディエント自身の言葉で聞いたことがあるのだ、そう信じたかった。
 どちらからともなく唇を寄せて重ねる。そうしている間は頭の中を空っぽにできるし、今は幸せなのだと感じていられた。
 唇が離れると、思わず苦笑し合った。不安も欲求も、すべてが筒抜けになっている気がする。
「座っていればいいよ」
 そう言ってフォースはリディアの手を取り、椅子に腰掛けさせた。自分はその横に立つ。座って落ち着けるとは思えなかったし、むしろリディアの側に立っていた方が気持ちは楽にしていられた。離していない手から、ぬくもりが伝わってくる。
 フォースの視線は、窓から見える景色とドアの間を、無意識に往き来した。その何度か目に、リディアに見つめられていることに気付く。フォースがリディアに苦笑して見せた時、ドアにノックの音がした。
「陛下です」
 グラントの声にリディアが立ち上がり、フォースは姿勢を正した。ドアが開き、ディエントが入ってくる。
「待たせたね」
 いえ、と短く返事をして、フォースは軽く頭を下げた。顔を上げるのを待ったように、ディエントが口を開く。
「親書は読ませていただいた。明後日にはスティアが到着する。話しを聞いた後、返事をしたためよう」
 フォースが少しの沈黙に耐えられず、かすかに眉を寄せると、ディエントは相好を崩した。
「話し合いは必要になるが、賛同しようと思う」
 ディエントの言葉を聞き、リディアは喜びに大きく息をつくと、両手で口を押さえる。その瞳に涙が溢れたのを見て、フォースはそっと背中に手を添えた。ディエントはゆっくり大きくうなずく。
「戦は終わらせよう。メナウルにしてみれば、もともと仕掛けられてくる戦いを受けるだけの戦だった。それが無くなるのだから、わざわざこちらから挑む必要もあるまい」
「ありがとうございます」
 フォースはディエントに頭を下げた。
「勝手な申し出だとは重々理解しておりますので、賛同のご決断、有り難く存じます」
 フォースの言葉に、ディエントはフッと軽い苦笑を漏らす。
「メナウルの騎士としての忠誠も思いも、変わらずにいてくれるのが心強いよ。君を二位の騎士に任命しておいてよかった。この親書を持ってきたのがライザナルの使節なら、私の返事も変わってしまったかもしれん」

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