レイシャルメモリー 3-07


 クエイドに視線で示され、フォースは思わずかしこまった。夫人はクエイドに手を借り、上体を起こす。白く柔らかそうな髪が揺れ、夫人はフォースに向かって上品なお辞儀をした。
「ありがとうございます。これを、どこで……?」
 凍り付いたようなクエイドの視線が、フォースに向けられる。
 フォースはそのペンタグラムを、クロフォードから受け取った。ライザナルでは、エレンとフォースをさらった犯人の所持品と思われている。そしてそれを確かめるため、ここに来たのだ。
「申し訳ありません。私はクエイド殿に渡してくれと言付かっただけで、詳しいことは知らないんです」
 だがフォースは、夫人に対してその事実を伝えることができなかった。そのために眉を寄せた表情を見て、クエイドはフォースが知っていると思ったのだろう、ホッとしたような、しかし悲しげな笑みを浮かべている。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます」
 クエイドに背を撫でられながら、何度も頭を下げる夫人に敬礼を向け、フォースは元の部屋へと戻った。寂しげに置いてある一つだけのカップに迎えられ、フォースはため息をつく。
 クエイドのあの様子では、息子のしたことをすべて知っているのだろう。母エレンとフォースをさらったのが、そのうちの一つだということも。だからこそ、あの反応を示したのだ。
 後ろからついてきたグラントが、フォースの肩をポンと叩いて通り過ぎ、入り口側のドアへ戻って部屋の中央へ身体を向けた。その心配げな表情に、フォースはわずかな笑みを返した。
 クエイドが戻ってきた。夫人のいる部屋のドアをそっと閉じると、カップの置いてある前の椅子に腰掛ける。
「あんな小さなペンタグラム一つでも、幸せを感じられるモノなのだな」
 そう言うとクエイドは、立ったままでいるフォースと一度視線を合わせると、寂しげな笑みを浮かべた。フォースは気付かれぬように、気を静めるための深呼吸をして口を開く。
「母と俺をさらったのは、あんたの息子なんだってな」
 もはや疑いの余地はなかった。フォースの言葉にクエイドは、カップを見つめたまま肩の力を抜く。
「やはり、知っていたのか」
 予想通りの返事を返し、クエイドは視線をフォースに向けた。
「息子が私に反発し、ライザナルへ顔を出したせいで、ライザナルに私の存在が知れてしまった。諜報部のやからをどこの隊に配属しろだの、随分と利用されたよ。息子はその私と自分の利用のされ方に腹を立て、ライザナルに仕返ししようとエレンとお前をさらったんだ。息子がメナウルに帰って来たのはよかったと思ったが。戦をしている両国の狭間に手を触れてはいけなかった」
 早口で、しかし抑えた声でそう言うと、クエイドはフォースが何も言わないことに苦笑し、カップに視線を落とした。

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