レイシャルメモリー 4-02


 母はあの詩を間違いなく指針にしていたようだ。自分にとっても神がつけた指標のように思う。それがあってよかったとは思えない。だが、悪かったとも言えない。だいたい、何が正しくて何が正しくないのかすら分からないのだから、それすら判断のしようもないのだ。
 この詩が本当に起こることとして歌われていたのなら、クエイドの息子は単純に神が造った道を歩かされていただけということになる。でも、母がメナウルに入る道を選んだから、クエイドやその息子が不幸になったとは思いたくない。
 クエイドもその息子も、ゼインも、本当は例外なく誰もが意志を持っている。クエイドでも息子でも、自分と母がドナにいることをどちらかの国に伝えていれば、それだけで違う未来があったはずだ。
 きっと、どこかでいつもその方向を選んできたから、今こうしてここに存在しているのだ。
 自分が意志を持って決めるということは、神の守護者だからではなく、人間としてどうするべきかなのだろう。神の声が聞ける特別な種族だから意志を持っているわけじゃないのだから。
 あの詩についても、自分は意志を持って行動しなくてはならない。鏡から解放された種族の老父が言ったように。そしてその語り継がれてきた詩が示すように。すべての答えはそこにあるのだ。この道に立ってどこに向かうか、しっかりこの目で見極めなければいけない。
 ドアにノックの音がした。フォースには、この時間に訪ねてきそうな人に心当たりがなかった。ため息をついて立ち上がると、ドアに向かう。その途中で、もう一度ノックの音がした。
「今開けます」
 ドアを開けるとそこには、お茶をのせたトレイを持って立っているリディアがいた。思わずポカンと、そのはにかんだような表情を眺める。
「ティオは中庭なの」
 消え入りそうな声で話すリディアの頬に、フォースは手を伸ばした。
「どうしてここに、……、もしかしてシェダ様に何か言われた?」
 そう尋ねたフォースに、リディアは笑みになりきらない笑みを浮かべてみせた。
「少しでも……、納得してもらえるように話せればよかったのだけど」
 心配していた通りケンカをしてしまったのだろうと思い、フォースは苦笑した。だがそんなことよりも、リディアがシェダに言いくるめられずに自分の所へ来てくれたことが嬉しかった。リディアはうろたえたように視線を泳がせる。
「あ、こんな時間に邪魔よね。ごめんなさい」
 フォースは視線を落としたリディアの手から、トレイを受け取った。
「邪魔なのはこのお茶だけだよ。これを無視して抱きしめたら、落として壊しそうだ」
 フォースはそのトレイを机に運んで置いた。その背中にリディアが抱きついてくる。フォースはリディアの手をつかみ、その身体を胸に引き寄せ抱きしめた。
「ごめんな。もしかしたらって思ったんだから、一緒に行くべきだった」

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