レイシャルメモリー 4-07


 一度立ち止まったリディアは、シェダの言葉でドアを廊下に出た。
「いいか?! お前もだ! 二度とこの家に来るな!!」
 激高しているシェダに、フォースは深く頭を下げた。その手をリディアにつかまれ、引っ張られる。
「ちょっと待ってちょうだい」
 ミレーヌが外に出ようとするリディアを止めるのを、ドアまで来たシェダが、放っておけ、と引き留めた。フォースはリディアに手を引かれるまま外に出る。
「なにを言われても許さんぞ!」
「怒鳴らなくてもいいじゃありませんか」
 背中から聞こえるシェダとミレーヌの声が、扉の閉まる音によってさえぎられた。
 リディアはうつむき加減でフォースの手を引っ張ったまま家を離れていく。フォースは、泣いているのか時々開いた方の手を顔にやるリディアの後ろ姿を見て、どう慰めたらいいかだけを考えていた。
 リディアは道を左に曲がり、たくさんの木が植えてある公園へと入っていく。
「もう。どうしてそんなに落ち着いてるの? どうして怒らないのよ」
 相変わらず前を向き、顔が見えないようにか先を歩きながら、リディアが声を掛けてきた。
「ケンカになったら大変なのはリディアだ。もし止められるならと思って我慢してたんだけど」
 その答えに驚いたようにリディアが振り返り、また進んでいた方向へと歩き始める。顔は一瞬しか見えなかったが、やはりリディアの頬には涙が伝っていた。
 リディアは公園の一角にある、特に木の生い茂っている場所へと入っていく。植林したにしても不自然に多い木の間を向こう側に抜けると、そこには狭い空間があった。リディアがようやく立ち止まる。
「変な場所でしょう? 子供の頃、木が離れていたら可哀想だと思って、間に苗を足しちゃったの」
 そう言ってたてた笑い声は、力が抜けてしまっていて元気がない。
「可哀想なことしちゃった」
 フォースは向こうを向いたままのリディアを後ろから抱きしめた。空間を求めて伸びた枝が、視界のすぐ側に入ってくる。
「このゴタゴタが全部終わったら、シェダ様にもう一度ご挨拶に行こう」
 その言葉で、リディアの身体がビクッと揺れた。
「イヤ。もうフォースのあんなひどい悪口聞きたくない」
「そりゃあ事実なだけに、グサグサくるけど」
 苦笑したフォースを振り向くと、リディアは眉を寄せて身体を向き合わせる。
「違うわ。私が行きたいんだもの、それを利用だなんていわない」
「そう言ってくれると嬉しいよ。でも、シェダ様はリディアが大切だから言っているのは分かるんだ」
「大切だったら、こんな別れ方はしないわ」
 悲しげに歪めた顔に残る涙の跡を、フォースはそっと指で拭った。

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