レイシャルメモリー 4-09


「そんなことない。本当にフォースのことだけ考えていられたら、……、嬉しいもの」
 泣いていたことを恥じるように、リディアは控え目に顔を上げた。フォースはその涙の跡にキスを落とし、指で拭う。指が近づいて閉じられたまぶたに誘われるように、フォースはリディアの唇に唇を寄せた。
 突然耳元にガサッと枝葉の擦れる音が響き、驚いて振り向いた目の前に顔があった。
「うわ?!」
 思わずあげた声にリディアが視線を向ける。
「お母様?!」
「やっぱりここだったのね」
 息を飲んだそのままの顔で見つめているリディアに、ミレーヌは、入るわよ、と声を掛け、枝をくぐってこちら側にきた。リディアはばつの悪さからか、フォースの後ろに下がる。
「ご迷惑をおかけします」
 フォースは気を取り直し、ミレーヌに頭を下げた。
「いいえ。こちらこそ、ごめんなさいね」
 ミレーヌの崩れない微笑みに、フォースは安堵した。ミレーヌは手を口に当ててフフッとおかしそうに笑う。
「ここでの話しも全部聞いちゃったわ。ありがとう」
「え? い、いえ、そんな……」
 向けられた感謝の言葉にうろたえながら、バレてはまずいことをしていなかったかと、フォースは思わず記憶を探った。リディアはフォースの腕を取り、怖々顔を上げる。
「お母様、どうしてここが」
「あら、怒られて飛び出したら、リディアは必ずここに来ていたじゃない」
 ミレーヌの言葉に、あ、とリディアは口を押さえる。フォースは見上げてきたリディアと視線を合わせて苦笑した。ミレーヌの視線がとても優しい。
「シェダも頑固よね。娘がどこで何をしていようと、心配は変わらないのに。私はね、むしろ一緒にいてくれた方が安心なの」
「お母様……」
 フォースの腕をつかんでいたリディアの手から、力が抜けていく。
「気をつけていってらっしゃい」
 ミレーヌがリディアに手を差し出した。駆け寄ったリディアを抱きしめ、小さな子供にするように頭を撫でる。何度も撫でながら、ミレーヌはフォースに視線を向けた。
「元気で帰ってきて、またシェダの文句を聞いてやってね」
 そう、リディアを幸せにするためにも、必ず無事で戻らなくてはならない。
「はい。必ず」
 決意を胸に、フォースはミレーヌに向かって頭を下げた。
「ありがとう。この娘をお願いね」
 はい、としっかり返事をし、フォースはまっすぐミレーヌに視線を返す。その視線の先で、ミレーヌが浮かべた少し寂しげな笑みが、母エレンの懐かしい笑みと重なった。

第3部3章1-01へ


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