レイシャルメモリー 1-02


 引きずり出したのとは違う、妖精そのものの姿に、マクヴァルは眉を寄せた。妖精はゆっくりと閉じていた目を開き、赤みの強い茶系の瞳をマクヴァルに向ける。
「あなた、誰?」
 それはこちらが聞きたい、とマクヴァルは思った。絵にあったような妖精を見たのは初めてだ。実際には何歳だか想像もつかないがメナウルの巫女と変わりない若々しい顔立ちをし、背には透けたカゲロウのような羽まで付いている。
「人間って、どうしてこう簡単で面倒なのかしら」
 妖精は高い声でそう言うと、冷たい笑みを浮かべてマクヴァルの方へと近づいてくる。
「私はソリタリア・リーシャ。あなた方の言うヴェーナの者よ」
 ヴェーナという響きが、一度死ぬ前に葬り去った教義をマクヴァルに思い出させた。
 ヴェーナはナディエールというメナウル南東に浮かぶ島国、エスフィルという妖精が住む国、トルヴァールという命ある者すべてが死後に行くとされる天の国、その三国を指す地名だ。どの国も滅多なことで人間が立ち入ることはできない。
 髪からのぞいている尖った耳の先端や、身体の細い線などの容姿も、見るからに妖精だ。長ったらしい名前が耳障りに思う。
 ソリタリア・リーシャと名乗ったその妖精は、眉を寄せたままのマクヴァルの前に立って嘲笑を浮かべた。
「分かったわよ、リーシャでいいわ。あなたはマクヴァルって言うのね」
「精神を読んでいるのか」
 マクヴァルは、口の端だけにわずかな笑みを浮かべた。こちらからはリーシャが何を考えているのか読めないだけに厄介だと思う。それすら読んでいるのだろう、リーシャは眉をピクッと動かした。
「引きずり出す呪術を利用して、ここに来たんだな」
 口の中でつぶやくように言ったマクヴァルの言葉に、リーシャは隠すところのない笑顔を見せる。
「察しがいいのね。もう一つ、分かってくれないかしら」
 分かって欲しいこと。それは間違いなくこの妖精の目的なのだろう。
「詩は知っているのか?」
「知ってるわ。あなたが影よね」
 リーシャは笑顔を崩すことなく、マクヴァルを見つめ続けている。
 妖精を引きずり出すことをやめろと言うのが、目的としては妥当な線だろう。影と分かっていて影に望むなら、シェイド神を自由にして欲しいのか、逆にこのままシェイド神の恩恵が欲しいのか。
 考え込んだマクヴァルに、リーシャは高い音で軽い笑い声をたてた。
「あなたの方が、詩を全部は知らないみたいね」

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