レイシャルメモリー 1-04


「あら、信じられない? ここに巫女を連れてきてあげるって言ったのよ」
 リーシャがゆっくり繰り返したその言葉を、マクヴァルは不審に思った。だいたいこの妖精が何を考えているのか微塵も分からない。こちらの考えは隅から隅まで見通されているのに、自分のこととなるとソリタリア・リーシャという名前と、ヴェーナから来たこと以外は話そうとしないのだ。マクヴァルはお返しとばかりに鼻で笑ってみせた。
「遊び半分だと怪我をするぞ」
「あら、心配してくれるの?」
 リーシャは悪びれる様子もなく、マクヴァルに微笑みを返してくる。
「でも平気よ。私にも目的があるの。何も酔狂で付き合ってあげようってわけじゃないのよ?」
 妖精がアルテーリアに何の目的があるというのか、マクヴァルには想像すらできなかった。リーシャは笑みを崩さずマクヴァルを見つめている。
「でもね、どうしてかは教えてあげない。協力してあげるのだから、そのくらいかまわないわよね?」
「それは」
 かまわんが、と言う前に、リーシャは、決まりね、と人差し指を立て、羽を動かし始めた。軽く床を蹴ると、壁の隙間へと向かって飛んでいく。
 マクヴァルはただ黙ってそれを見ていた。自分の猜疑心など、あの妖精が振り返ればそれだけで分かることだろうと思う。
 はたして、壁の隙間まで進んで振り返ったリーシャは、マクヴァルの顔を見るとニッコリ微笑みかけ、待っていて、と言葉を残して姿を消した。石の部屋が一瞬で、色のない冷たい空間に戻る。
 今なお夢でも見ているような気持ちだった。美しいままの妖精の形が不思議でもあり、巫女を拉致してくるとの言葉にも、現実性を感じることができない。
 だが、それでいいのだとマクヴァルは思う。巫女の拉致など、その言葉を信じれば叶うなどという簡単なことではない。妖精は妖精で好きにすればいいのだ。どちらにしろ、自分は自分にできることを重ねていくしかないのだから。
 マクヴァルは妖精の消えていった壁に嘲笑を向けると、また床の円に向き直った。

   ***

「これでいいのか?」
 扉の側に置いた、ライザナルへ持っていく荷物を見て、グレイが呆れたような声をあげた。わざわざ立ち上がって側まで来ると、グレイは手にしていた厚く重たそうな本を抱え込むようにしてその荷物をのぞき込む。フォースは肩をすくめて見せた。
「なるべく少なくしないと」
「まぁ、いつもほとんど持って歩かないのに、これだけ持つんだから多いのか」

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