レイシャルメモリー 2-07


 クロフォードが日課にしていた、ドナから移したエレンの墓に花を供えるという役目を、その時以来ジェイストークが代わりに遂行している。手にした花は、エレンに捧げるためのものだ。視線の先に墓が見えてくる。
 クロフォードとリオーネの関係も、少しずつではあるが良い方向へと変化しているようだ。エレンの墓に供えるこの花も、一部リオーネの意見が取り入れられているらしい。このままいい関係を作っていけば、皇帝家族の絆も深まり、対外的にも面目を保てる。
 だが逆に、フォースの孤独は深まるのだろう。エレンの墓を目の前にして、自分がまだ小さな子供だった頃の懐かしい微笑みが脳裏によみがえってきた。
「エレン様がレイクス様に対して、何をお望みになっているのか。それが気がかりです」
 一日経った、まだほとんどしおれていない花を横にどけ、抱えてきた摘んだばかりの花を供えながら、ジェイストークはそう声に出して言った。
 マクヴァルからシェイド神を解放したら、マクヴァルはただの神官ではいられない。呪術を使ってシェイド神を縛り付けていたのだ、当然失脚する。マクヴァルの実子である自分はもちろん同じ役職、同じ地位にはいられないだろう。
 そして同じようにフォースの地位も、今ほど確固たるものではなくなってしまう。成婚の儀自体の意義が消えて無くなるのだ。ましてや状況だけを考えれば、クロフォードとマクヴァルのどちらが父親なのかが分からないことになる。
 もし誰もがクロフォードの血を引いていると思ったとしても、正妻であるリオーネとの子息であるレクタードが、俄然力を増すのは間違いない。
「レイクス様を皇帝にとは、お考えにならなかったのでしょうか」
 今はもう、エレンの思いがここに届くことはないのだ。その望みは、永遠に知り得ることはない。ただ、詩の存在一つでここへ戻らなかったのは、レイクスを皇帝にする方を選ばなかったからだという可能性が大きい。
 誰よりも自分が、レイクスを皇帝にしたいと思っているから、エレンに同調して欲しいと思うのだろうか。レイクスを皇帝にしたら、誰もがエレンを忘れない。自分はそれを望んでいるのかもしれない、とジェイストークは思った。
 ふと、視界の右隅を黒い影が横切った。ジェイストークは首を回して影の方向を見た。普段と変わらない情景がそこにある。
 だが、空気が変わった気がした。背筋に寒気が走る。息を潜め、感覚をとぎすましたその中に、低い空気の震えが伝わってきた。その揺れは少しずつ大きさを増し、獣がノドを低く振るわせる音に酷似してくる。
 左後方に影が走った気がして、ジェイストークはそちらに向き直った。やはり何も見えないが、今はうなり声のような息が響いている。どこかに何かが姿を隠していることは間違いなかった。

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