レイシャルメモリー 2-10


 フォースが冷ややかな笑みを浮かべて見せると、ティオは理解したのかしないのか、フーンとそっぽを向いた。ティオの後ろ姿を横目で見て、フォースはリディアに向き直る。
「リディア?」
 リディアは話しずらそうに眉を寄せ、それから意を決したように顔を上げた。
「ティオに、女心を勉強しろだなんて言ったの?」
「ああ、神殿のあれ」
 フォースはそんなことだったのかと、安心して肩の力を抜いた。似たようなことは考えたが、それをティオに読まれただけで、口には出していないから誤解されたのだろうと思う。
「いや、微妙に違うんだけどね」
「勉強するの?」
 不安げに見上げてくるリディアに、フォースは笑みを返した。
「しないよ。俺はリディアの気持ちさえ分かれば、他は必要無いと思ってるし」
 その言葉にリディアは、ほんのわずかな笑みを浮かべ、恥ずかしそうにうつむく。
「変なこと聞いてごめんなさい。ありがとう」
 琥珀色の髪がサラサラと頬を隠していく。その髪を梳くように撫でて頬に触れ、フォースはリディアの顔をのぞき込むようにキスをした。唇を離し、見つめ合った瞳に浮かんだ柔らかな微笑みを、思わず抱きしめたくなる。
「シェイド神がいるのに、どうして妖精が全然いないんだろね?」
 ティオの声にギクッとして振り返り、フォースは逃げ越しになったティオを、手持ち無沙汰になった手でリディアの代わりに捕まえた。
 自分が持つ不届きな感情を、ティオは見張っているのかもしれないとフォースは思った。実際有り難くもあり、ひどく迷惑でもある。だが、あれでも心配しているのだろうと思うと、可愛いような憎らしいような両極端な感情が湧いてくる。
「シェイド神が呪術で縛られているからじゃないのか?」
 そう答えながら、フォースはティオの後ろから首に腕を回し、もう片方の手でグリグリと乱暴に頭を撫でた。ティオはフォースの感情を理解しているのだろう、ケケケと変な響きを立てて笑い出す。リディアは二人のやり合いを止めた方がいいのか止めなくてもいいのか、手を差し出そうとしたまま悩んでいるようだ。
 ティオはフォースの腕の中でくるっと向きを変え、ニコニコと笑った顔をリディアに向けた。
「おなかすかない? 何か食べ物探してくるよ」
 そう言うと、ティオはフォースの腕からスルッと抜け出した。
「あまり遠くに行くなよ」
「分かってる」
 フォースが心配して言った言葉に、ティオはまたケラケラと笑うと、手を振って木々の間に音もなく入って行った。

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