レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第3部3章 決意と約束
3. 羽の旋風 01
アルトスが顔色を変えるのを、イージスは初めて目にした気がした。御者も自分の言葉でアルトスが驚くとは思ってもみなかったのだろう、凍り付いたようにその顔を見ている。
「ジェイが怪我? 他に情報は? 何もないのか?」
低く静かに押さえつけたアルトスの声に、御者はただ、はい、とうなずいて見せた。ますます顔をしかめたアルトスに、御者は話しづらそうに上目遣いの視線を向ける。
「鳥は二羽とも無事に着いたのですが、やはり中身は同じ手紙でして……」
そんなことは、御者が気にすることではない。マクラーンとこの街道沿いにある馬車の拠点間では、何かあった時のために伝書鳥を二羽飛ばす。二通が違う内容では意味がないのだ。
しかし、ジェイストークが神殿で怪我を負って瀕死の状態だというそれだけの内容では、他に何も考えようがないし手の打ちようもなかった。
「あの、馬車でよろしいでしょうか」
御者が遠慮がちに言った言葉に、アルトスは視線をさ迷わせてから一度大きく息をついて口を開く。
「変更はない。出してくれ」
その言葉に幾分ホッとしながら、イージスはアルトスの胸中を思った。
マクラーンへの日程は、変更をするまでもないほど無駄なく組んである。むしろ変更しても無意味な時間ができるだけで、早くは着けないだろうと思われるほどだ。
御者が馬の金具を確かめている間に、アルトスと馬車に乗り込む。アルトスは進行方向に顔が向く座席に腰を下ろした。後から乗車したイージスは、その強張った表情を見ないように努めていた。
馬車が動き出し、少しずつ速度を増していく。いつもより早く感じるのは、アルトスの不機嫌な顔を御者が忘れられないからなのだろう。このままサッサと眠ってしまおうかとイージスは思った。だが、無視できないほどに、疑問が大きく膨らんでくる。
「なぜエレン様の霊堂しかない神殿地下で、命に関わるような怪我を負ったのだ」
無意識に発したのか、アルトスのつぶやくような声が、イージスの疑問をなぞるように聞こえてきた。その声につられてイージスも口を開く。
「ええ。何かが起こったとしか考えられません」
イージスはそこで初めてアルトスをまっすぐ見た。窓の外にやっていた目をイージスに向けてゆっくりうなずくと、アルトスはそのまま壁面の一点に視線を移す。やはりその疑問から心が離れないのだろうとイージスは思った。
こんな時は何を言っても気を紛らわせるのは難しい。ただ黙って自分の気を静めるのが一番なのだ。ただそうは思っても、気を落ち着けることのできる要素は何一つ無い。逆に疑念を抱く要因は、いくらでも溢れてくる。
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