レイシャルメモリー 3-03


 ジェイストークのこともあるからか、やはり前の拠点まで戻る気はないらしい。予定がずれるより、アルトスはこのまま進むことを選んだようだ。
 イージスは覚悟を決めて御者台にいるアルトスの隣に落ち着いた。馬車が走り出すと全部後ろに置いてくるのだろう、嫌な匂いだけはしなくなった。だが、まわりにこびり付く黒い物体を無視することはできそうにない。
 改めてまわりを見回すと、その黒い染みの飛び散り方から見て、前方から飛んできた何かが直接御者に当たってしまったのだろうと推測できる。
「これは何なのでしょう。生きものだったのでしょうか」
 イージスがそう声をかけると、アルトスは少し間を置いてから口を開く。
「今は何を言っても推測にしかならない。急ごう」
 次の拠点まで行っても、正体が何か分かるとは思えない。だが、ここにいたのでは何も進展しないし、手の出しようもないのだ。それに次の拠点には、ジェイストークに関する新たな情報が届いているかもしれない。
 イージスは息を潜め、緊張した面持ちで前方を見据えた。

   ***

 ディーヴァの山沿いを、何日歩いただろうか。フォースは相変わらず、できる限りまわりに気を配りながら歩を進めていた。
 樹木が入り組んだ森は抜けたものの、徒歩だけあってあまり距離は稼げない。ただ、軍のモノではなく乗馬用の軽い鎧を身に着けているので、いくらか休みさえすれば一日歩いても苦にはならなかった。
 自分がレイクスだとバレれば、自分やリディアだけではなく、マクラーン城の人間も窮地に陥ってしまう。焦って目立つわけにはいかなかった。
 幸いなことに人に会うこともなく、何匹かの小さな動物を目にしただけで、今の所危険を感じるようなことは何もなかった。それはリディアを連れている自分にとって、なによりなのだとフォースは思う。
「フォースとリディアはそれで足りる?」
「ああ、全然問題ない」
 食べ物は木の実や果実など、ティオがどこからか持ってきてくれる。もし食料が足りなかったら、比較的捕獲が楽なトカゲでも捕まえて、元が何かはリディアに黙ったまま肉にして食べさせようとフォースは思っていた。自分で探す覚悟をしていた分、気が楽だ。森を進むうちは、食べ物に困ることも無さそうだった。
 リディアと二人で果実を口にしていた時、どこからか出てきたティオが、両腕にいっぱい抱えてきた自分の分の食料を、ガサッと側に置いた。いつもながら多量だ。しかも凄い勢いで平らげていく。移動しながらでもないと、ティオの食料は調達できないだろうとフォースは思った。

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