レイシャルメモリー 3-05


「そう? 川の方が水がちょっとだけ綺麗だよ?」
 リディアは少し迷ったのか首をかしげると、またすぐに口を開く。
「綺麗なのは嬉しいけど、でもきっと、凄く冷たいわ」
「うん。……そうか、人間には冷たいのが痛く感じるんだね?」
 また心の中を読んだのだろうティオに、リディアはうなずいて見せた。
「そうね、そんな感じよ」
「うん、分かった。すぐそこに入り江があるから、そこに行くね」
 そう言うと、ティオはフォースを振り返った。フォースがその顔を見ているとティオは、ね? と繰り返す。
「え? あ、ああ」
 ティオは了解を取っていたのだと気付き、フォースは慌てて返事をした。ケラケラと笑うと、ティオはほんの少し足を速める。
 ティオが笑うのも無理はないとフォースは思った。声には出さなかったが、二人の会話はほとんど上の空で、どうやって見張ればいいのかと、ほとんどそればかり考えていたのだ。
 神殿での湯浴みなら通路の左右だけを気にしていればいいのだが、湖ではそうはいかない。入り江ならなおさらだ。
 湯浴み用の薄い服を着るとはいえ、まさかジーッと見ているわけにもいかないだろう。そう思った時、急にティオの背中が大きく見えた。ぶつかる直前で足を止め、ティオが立ち止まったのだと気付く。
「どうした?」
 フォースはティオの横に並び、その視線を追った。
 そんなに遠くない入り江の水から、金色の髪をしたきゃしゃな上半身が、しぶきを上げて現れた。細く白い身体に、控え目な膨らみが見て取れる。赤みの強い茶系の瞳が、こちらを向いて見開かれた。
 なんと言っているか分からない、耳が痛いほど高い悲鳴が辺りに響いた。ほとんど同時に、フォースは入り江に背を向ける。
「すみませんっ!」
「その大きなのも、向こうを向いてよっ!」
 悲鳴と同じくらい大きな声に、ティオもフォースに倣って後ろを向いた。
「フォース? あの人、怒ってるみたいだけど気持ちが読めない」
 ティオが声を小さくしてささやいた言葉に、フォースは眉を寄せた。ティオはフォースの顔を見て、ウン、とうなずく。
「きっとライザナルの妖精だよ」
「普通にいるんだな」
 ティオはフォースにもう一度うなずきながら、リディアと荷物を地面に降ろした。
 フォースの前方に立ち、フォース越しに入り江を見やったリディアが、あっ、と小さく声をあげた。ほとんど同時に、風に乗った柔らかな布地が、後頭部からまとわりついてくる。

3-06へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP