レイシャルメモリー 3-07


「フォース? 持っていってあげましょう?」
 ね? と、小首をかしげてリディアが顔をのぞき込んでくる。
「でも、見張ることもできない」
「何かあったら声を出すわ。すぐそこだし。裸のままでいるなんて不安でしょうし、かわいそう」
 後ろから吹いてくる風が、リディアの光をはらんだ琥珀色の髪と一緒に、手にした薄い布が何枚も重ねられた服をフワフワとなびかせて通り過ぎる。
 仕方がないのだろうかと思ってついた軽いため息を承諾と取ったのか、リディアは笑みを浮かべると、フォースが止めるより先に後ろ側へと足を踏み出した。
「とても綺麗な服ですね」
 背中からリディアの軽やかな声が聞こえた。クスクスと笑う妖精の声が重なる。
「でしょう? ありがとう。お気に入りなのよ。とても」
 とても、という言葉が妙に冷たく響き、フォースの頭にシャイア神の声を聞いた時の衝撃が走った。
 フォースは迷わず剣を抜きながら振り返って駆け出した。そこだけ強い風が取り巻く中、服が生きもののようにリディアを絡め取ろうとしている。最初に口をふさがれてしまったので声も出せなかったのだろう。
 リディアを抱きかかえようとする妖精に突きを出すと見せかけて身体を引かせると、フォースはいくぶん緩んだ風の中でリディアの口を押さえた服をつかみ、引き剥がしにかかった。
 飛びすさった妖精は、阻止しようと手を伸ばしてきた。フォースはその腹を押すように蹴り飛ばす。しりもちをついた妖精が起きあがる隙に、剣をリディアと服の間に差し入れると、フォースは服を断ち切った。
 布地が切れた音が悲鳴に聞こえ、服はリディアを放り出すように解放した。フォースは服から投げ出された格好のリディアを抱き留める。
 服は距離を取った妖精が伸ばした手に向かって、風と共に飛んでいく。フォースの腕の中で、リディアは震えながら空気を大きく吸い込んだ。
「大丈夫か?」
 息を荒げたままうなずいたリディアを後ろ手に庇い、フォースは妖精に向き直った。妖精が眉を寄せて目を細めると、辺りに突然風が巻き起こる。
 その風に屈することなく、フォースは妖精に視線を据え剣を構えた。妖精はチッと舌打ちすると、湖へ身体を投げ込むように身をひるがえす。
「野蛮人!」
 悔し紛れかそう叫ぶと、妖精は透き通った羽を広げ、水面近くを向こう岸へと飛んでいく。後ろに大きなままのティオが駆けつけてきた。

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