レイシャルメモリー 3-08


「動けなかった」
「術か」
「うん」
 涙目になったティオの返事を聞きながら、フォースは逃げていく羽が付いた妖精の後ろ姿を目で追った。
 動きを止められていたことが衝撃だったのか、顔を引きつらせたティオがフォースを見下ろしてくる。
「怖かったけど、綺麗な人だったね」
「あれが?」
 フォースは妖精から視線を逸らさずに、ティオに返事をした。目的はリディアの拉致に間違いなさそうだ。だが、一人なのか仲間がいるのか、他のことは何も分からない。
 ふと、身に着けている簡易鎧を、横から軽く引っ張られる感覚があった。リディアだ。フォースが振り向くと、リディアは頬を赤くしてうつむく。
「どうした?」
「もういいでしょう?」
 フォースは意味が分からず、顔を上げずに言ったリディアを見下ろした。
「え? なにが?」
「だって、まだ見てる。あの人の、……、裸」
 その言葉にブッと吹き出すと、フォースは慌ててリディアと向き合った。自分でも顔が上気してくるのが分かる。
「いや、ちっ、違うっ、そんな、い、意識してもいなかっ……」
「でも。顔が真っ赤」
 ほんの少しだけ見上げてきたリディアは、すぐにまたうつむいてしまったが、眉を寄せ、口をとがらせているのが見て取れた。
「ほ、ホントだって。だいたいそれどころじゃないだろ。何者なんだ、あいつ」
 あいつ、とは言ったものの、妖精が去っていった方向を、もう見ることもできない。怒っているのかと思ってフォースがのぞき込むと、リディアは悲しそうな顔をしていた。釈明しようとして、フォースはいくぶん早口になる。
「あ、いや、だから、羽があったから驚いて見ていただけで、裸って言われてもむしろリディアのを思い出すくらいしか見てな、あ」
 驚いて見上げてきた顔が、みるみるうちに上気した。
「もうバカ、エッチ、スケベ、意地悪……」
 鎧の胸プレートをコンコンと叩く手を取って引き寄せ、フォースはリディアを腕の中に包み込んだ。
「ゴメン」
 抱いた腕に力を込めたい気持ちを、息を潜めてこらえる。それでも抑えられない想いで、フォースはリディアの髪をゆっくりと撫でた。リディアは小さく首を横に振ると、フォースを見上げてくる。
「ごめんなさい。フォースの言うことをきちんと聞いていれば、襲われたりしなかったのに」
「そんなことはいい。無事でよかった」

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