レイシャルメモリー 3-09
フォースは髪を撫でていた手でリディアを引き寄せ、口づけた。
リディアが入り江の方へ行かなかったら、違う手で襲われていただろう。どんなことを考えていたかは分からないが、とにかく無事にやり過ごせたのだし、存在を知ることができたことだけでも儲けモノだったと思う。
唇を離し、いつものように見上げてきたリディアの控え目な笑顔が、急に驚いたように丸くなる。その視線につられて後ろを見ると、ティオがすぐ後ろに顔を寄せていた。
「な、なにやってんだ」
「さっきの人、ホントに好みじゃないんだ」
ティオが真面目な顔をして言った言葉に、フォースはため息をついた。
「そんなこと探ってたのか」
ティオは口を横に広げていかにも嬉しそうな顔になる。何を喜んでいるのだろうと思いながら、フォースは湖の向こう側を親指で指差した。
「さっきの妖精、ライザナルのなのか?」
「うん。シェイドのだ」
「分かるのか?」
フォースの問いに、ティオは胸をはってうなずく。
「妖精は滅多に死なないから、変わり者もみんな知ってるけど、あの人は知らないよ」
「まさかシェイド神の妖精すべてが敵じゃないだろうな」
その言葉に、リディアもティオも口をつぐんでしまい、冷たい間が流れる。フォースは疑問をそのまま口に出してしまったことを後悔した。
「いや、山裾を歩いてるのに、これまで会わなかったことの方が、むしろ問題なのかもしれないし」
「もし他の人を見つけたら、聞いてみるよ」
ティオはフォースの言葉に顔を上げてそう言うと、自分でウンとうなずいた。
もしも妖精にまで敵がいるのだとしたら、大きめな街があるところでは街道沿いの宿を選んだ方がいいのかもしれないとフォースは思った。人が多い街なら目立たなくてすむし、心置きなくリディアを休ませることもできる。
「リディア、入るんでしょ?」
ティオは人差し指で湖を指差し、リディアに笑顔を向けた。リディアは確認を取りたかったのだろう、困ったように苦笑してフォースを見上げてくる。フォースは眉を寄せた顔をティオに向けた。
「さっきの、湖から発生したんじゃないだろうな」
「フォース、違う生きものと間違えてない? 増やし方は人と同じだよ」
増やし方、と繰り返しそうになって慌てて口を押さえ、フォースはリディアの表情をうかがう。
「入りたい? ……、よね」
口を押さえたままたずねたフォースに、リディアは控え目にうなずいた。フォースがまわりを見回したのを見て、ティオが笑い出す。
「リディア、俺が側にいてあげるね」
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