レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第3部3章 決意と約束
4. 刺客 01
まわりの木々は少しずつ緑の色が濃くなっているようだ。マクラーンに近づくほど針葉樹が多くなっていたのを、フォースは思い出していた。右手に連なるディーヴァ山脈の冠雪も、幾分増えてきている。
足元は雨と根が固めた比較的歩きやすい地面に変わっていた。歩きやすいといっても、気を付けていないと根に足を取られてしまうのだが。
前を歩くティオの左肩には、リディアがティオの頭を抱えるように右手で身体を支えて座っている。ティオの頭がフンフンと鼻を鳴らして息を吸い込み始めたせいで揺れ、リディアはティオの顔をのぞき込んだ。
「どうしたの?」
「なんか匂う」
そう返したティオの鼻は、人間とは比べものにならないほど能力が高い。その鼻で、なんか、という程度の匂いなら、もちろんフォースもリディアも感じることはできない。
フォースが細心の注意を払って変化を嗅ぎ取ろうとしても、緑と木の匂いと土の匂いがするだけで、他は一切分からなかった。
「臭い」
それでもティオはそう繰り返す。フォースは前を歩くティオの後頭部に向かって声を掛けた。
「何の匂いか分かるか?」
「わかんない。でも、生肉と血の匂いに似てる」
その言葉に驚いたのか、リディアは自分の鼻と口を押さえている。フォースの脳裏には戦場の光景が広がったが、首を振ってそれを否定した。
似てる、ということは生肉とは違うということだ。だが、いい印象の匂いではないから、そういう言い方になったのだろう。
「方向は分かるのか?」
「分かるよ」
「じゃあ、避けてくれるか?」
うん、と元気よくうなずいたティオは、立ち止まるとまた空気をフンフンと吸い込みながら、ぐるっと一回転した。
「あっちとあっちとあっち。だからこっちね」
ティオは前方と左前方、左後方を指差しながら嬉しそうに言って歩き出したが、フォースはその数に思わず眉を寄せた。不安げに振り向いたリディアと目が合う。
フォースはそのままの表情で笑みを浮かべた。苦笑になったが、リディアは曇りのない微笑みを返して、また前方に目を向ける。
信頼してくれているのだ。そう思うと更に身が引き締まる思いがする。
「ねぇ、動いてる」
振り返って言ったティオの言葉の意味が分からず、フォースはただ視線を返した。ティオはもう一度まわりを見回すと、口を尖らせる。
「匂いがね、歩いてるんだ」
「歩いてるって。そのくらいの早さで移動してるって事か?」
フォースの問いにうなずき、ティオは左後ろを指差した。
「あっちのは遠くなってる。でも……」
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