レイシャルメモリー 4-02


 そこまで言うと、ティオはフンフンと空気を吸い込み、前方を指し示す。
「一番向こうにいたのが方向を変えて、こっちに来てる」
「まっすぐ森の外に出よう」
 フォースは右を指差し、先にティオを行かせて後ろに気を使いながら歩き出した。もしも近づいてくるのが敵なら、木々の中で剣で戦うのは困難だ。少しでも自由に動ける場所が必要だった。
 その匂いの元が移動しているということは、多分生きている。しかも方向を変えて向かってきているのだから敵と考えていいのだろう。それにしても血肉の匂いをさせて歩いているのが何なのか、想像が付かない。
 フォースの脳裏には、リディアを拉致しようとした妖精がこびり付いていた。しかし今まで見たことのある妖精は、湖にいた妖精とティオを除けば、存在感の薄い個体が多い。もしティオと同じような妖精だとしても、生肉と血の匂いをさせた妖精などいるとは思えない。
「駄目だよ。やっぱり近づいてくる」
 振り返って言ったティオにフォースはうなずいて見せ、先を急ぐように促した。
 その何者かが方向を変えたのが最初の一度だけならまだしも、二度目も向かってきているのだ、どんな目的にせよ遭遇を狙っているのは間違いなさそうだ。
 神の存在を感じることができるのは妖精だけだ。向かって来るという事実は、シャイア神の存在を感知されている可能性が大きい。匂いを発する何かを持っているということも考えられる。
 風向きのせいか、ティオが言っていた匂いが鼻についた。思わず眉を寄せ、鼻と口を手で覆う。確かにフォースが想像していた戦場の匂いに似ていた。そこに腐敗臭が加わったような不快感がある。
「大丈夫か?」
 そう言って見上げると、やはり鼻と口を覆っていたリディアが首を縦に振った。
「ティオは? 大丈夫か?」
 そう言いながらフォースの頭にあったのは、同じ妖精を敵にまわしてもいいのかという確認だった。振り返ったティオはその思考を読み取ったのだろう、少し寂しげに笑みを浮かべる。
「平気だよ。俺、ガーディアンだ」
 ティオは胸をはると、また歩き出した。虚勢を張っているのがみえみえだ。出来ることならティオに手を出させずに、決着を付けてやりたいと思う。
 森を抜け、視界が広がった。ディーヴァの山が間近に見える。風のせいで強弱はあるが、匂いはどんどんキツくなり、何ものかが近づいて来るのがよく分かる。
「もう、すぐそこにいるよ」
 ティオの声に立ち止まり、振り返って目を凝らす。その視界の中に、黒いドロドロした液体を被ったような、かろうじて四肢を保っている型の生きものが現れた。その異様な姿に唖然とする。
「あれ、仲間だ……。妖精だよ」
 ティオが信じられないといったように声を震わせた。

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