レイシャルメモリー 4-08


 フォースはそう返事をしたが、ウィンの笑い声はすぐにはやまなかった。だんだん腹が立ってきたフォースは、今なら簡単に殺せる、と小声で三度繰り返して口にする。それでウィンの声はようやく止まったが、身体はまだ小刻みに揺れていた。
 ウィンが静かになると、またティオの寝息が聞こえてきた。ふと、ティオがファルと話していたことを思い出す。
 馬を連れ出すのに馬と直接話を付けられるのなら、ティオほどの適任者はいない。しかも短時間なら人を操ることもできるので、見張りが一人なら何頭でも静かに馬を連れ出せそうだ。
 フォースはリディアの手に手を重ねると、ウィンの向こう側にある窓に目を向け、時が経つのをじっと待ち続けた。

   ***

 ウィンが眠っている、まだ暗いうちに宿を出た。
 眼球は金になるらしかったが、現金を持っているかどうかは分からないので、宿主に二日分の代金を預けた。当然これでウィンを懐柔できるとは思っていない。あの黒い妖精の情報代として、宿代くらいなら安いと思ったのだ。
 街道をまっすぐ北上する。まだ暗いせいもあり、人通りは無い。ティオは子供の姿なので、荷物はフォースが持つハメになる。リディアも一つ荷物を持っているのだが、そんなに軽くはない。リディアの指にかかる負担がフォースは気になっていた。
 拠点に近づくにつれ、建物の脇、少し離れたところに馬車が置いてあるのが見えてきた。メナウルに向かう時に使った馬車と同じ形をしている。隅の方に捨て置いてあり、馬はつないでいない。
「馬、呼んでくるね」
 ティオはそう言うと、馬小屋のある拠点裏へと駈け込んでいった。
 フォースはリディアと二人、訝しく思いながら馬車に近づいた。だが、側まで行くとなぜ放置してあるのか、すぐに理解できた。
 馬車の前方に、黒い物体が飛び散った跡があるのだ。これをなんとかしないと、使えないのだろう。わりと小型だが身分の高い人間も使用する馬車なのだから、このまま廃棄処分にしてしまおうというのかもしれない。ガラスが外されているので、その確率は高いだろう。
 放置した馬車が無くなったのなら、実際使っている馬車が盗まれるよりは、騒ぎにはならない。手入れをせずに数日おいてあったのか、上手い具合に汚れている。特に壊れている様子もない。
「ちょうどいい」
 小声でつぶやくと、リディアは笑みを浮かべてうなずいた。
 荷物を積みながら少し待つと、ティオが馬四頭と談笑しながら連れ立って歩いてきた。リディアと目があったのか、ティオは手を振ってくる。

4-09へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP