レイシャルメモリー 4-10
驚いて離れると、お互い鏡を見ているように、鼻と口を手で覆った。妙な可笑しさが込み上げてきて、二人で顔を寄せて笑い合う。
暖かさに安心感も手伝って、フォースを急激な眠気が襲ってきた。アクビを噛み殺したフォースにリディアが耳元で、寝た方がいいわ、とささやく。
「ファル!」
御者台にいるティオの大きな声が、いきなり聞こえてきた。同時に馬車の速度も緩む。
「道なりに走っててね」
その声とほとんど同時に窓からティオが顔を出した。頭の上にはファルがとまっている。
「大丈夫なのか?」
フォースは馬を放置してきたティオに言葉を向けた。
「すぐ戻るし、平気だよ。ちゃんと分かってるから」
ティオがそう言っているうちに、ファルは窓から馬車の床へと降り立った。手紙がそのまま残っている。
「連絡が付かなかったのね」
リディアが残念そうに眉を寄せた。ティオは難しげな顔をする。
「ジェイって人、怪我をして寝ていたって」
「怪我?」
思わず顔をしかめたフォースに、ティオは首を横に振った。
「ベッドから起きあがれないみたいだから戻ってきたって」
一体どうして起きあがれないほどの怪我をしたのだろうと、フォースは意識を巡らせた。だが、マクラーン城にはそんな要因は思い当たらない。ファルはフォースの顔を見上げると、キィ、と一声鳴いた。
「黒い妖精の話しをしてたって」
ティオはその話をしたくなかったのか、いくらか抑揚のない声で言う。フォースは憤りに目を細めた。
「それのせいか。塔でも襲うつもりなのかもしれないな」
ならば、なおさら急がなくてはならない。その思考を読んだのか、ティオは、了解、と口に出すと、御者台に戻っていった。ファルも後を追うように外に飛び出す。
「ファル、今度はヴァレスに行ってもらいましょう」
リディアの提案に、フォースはうなずいた。黒い妖精がメナウル側にも現れるかもしれない。調べて何か新しい情報があったら教えて欲しいし、こちらの無事も知らせておきたい。
考えを巡らせようとしたフォースは、リディアに毛布ごと引っ張られた。同じ高さで顔を突き合わせると、リディアは微笑みを向けてくる。
「今のうちに、少しでも眠っておいてね」
そう言うとリディアは、膝の上にフォースの頭を乗せた。柔らかで心地いい感触が頬に伝わってくる。この体勢で眠れるわけがないと思ったが、予想以上に自分が疲れていることにフォースは気付いた。
この分では何を考えようとしても頭が回らないだろう。髪の間を通るリディアの指が、さらに眠りを誘う。フォースは瞳を閉じて眠気に身を任せた。
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