レイシャルメモリー 1-06


 自尊心を思い切り傷付けられたのも忘れられない。リーシャは、フォースに突き飛ばされるように蹴られた腹の辺りを、手のひらで撫でた。
 ティオが窓から顔を出して何か声をかけると、フォースは馬車の速度を緩めた。止まるつもりなのだろう。ならばできるだけ側に行って、相手の状態をうかがいつつ策を立てようとリーシャは思った。
「もう少し真面目にやらなきゃね。まずは下見下見っと」
 馬車が街道の脇に止まり、中からリディアとティオが姿を現す。ティオは手を振りながら森に駈け込んでいき、リディアは御者台にいるフォースに手を引かれ、その隣に座った。
 森に入ってすぐ、ティオは果実やキノコを採り始める。食料を調達するためだったのだ。妖精がいなくなったのは、気取られる心配が格段に減るので、様子をうかがうにはちょうどいい。フォースとリディアに気付かれないよう、リーシャは少しずつ近づいた。
「これ、フォースのお母様の石よね。お返しした方がいいかしら」
「え? ……、そうか。考えてもみなかった」
 抑えてはいるが、弾んだ声の会話が聞こえてきた。リーシャは、武器を用意しておくべきだったかと後悔した。この距離で自分の剣の腕があれば、一撃で串刺しにできそうな気もする。
「私には本物がいてくれるから」
「本物?」
 でも、どうせならリディアの前で正面切って戦って勝ちたい。そうすることでフォースにリディアを失う最悪の気持ちを味わわせ、自尊心も傷付けてやるのだ。
「フォースのことよ。フォースがいない時はフォースの代わりだったけど、ちゃんと帰ってきてくれたわ。でも、エレンさんは……」
 リーシャも剣を持って久しいし、それなりの使い手ではある。だが人間は力が強いし、フォースは戦士なのだ。少し精神的に負担を持ってもらった方が確実だろうとリーシャは思った。それには何か仕掛けなくてはならない。
「きっと懐かしいと思うの」
「そうだな。俺もこれには随分助けられたし」
 フォースは簡易鎧の胸プレート、リディアのペンタグラムがある場所をノックするように、こぶしでコツンと音を立てる。
「実際命も救ってもらって、」
 不意にフォースが言葉を切った。リーシャは慌てて木の陰に半分隠れてから、神の気配に気付く。
「フォース、これ」
 リーシャが顔を出すと、フォースは胸を押さえた格好で、心配げなリディアにうなずいて見せた。リディアの身体から、ほんのりと虹色の光が見えている。
「辛くない? 大丈夫?」
「一人でいる時と比べたら、無いも同然だよ。今は辛いとか苦しいじゃなく、神の力があるって感じるくらいだ。心配いらない」

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