レイシャルメモリー 1-10


 分かってるわよ、とスティアは顔を引きつらせるような笑みを見せる。
「そのナントカって悪人を斬ってしまえば、とりあえずみんな幸せになれるんでしょ?」
「そうだな。でも、シェイド神はまだその神官の魂の中だ。そいつがまた生まれ変わってきたら、苦労するのはお前の子供だぞ」
 呆れて言ったサーディに、スティアは言葉を詰まらせ、悲しげに視線を落とす。
「まさかお前、その時までリディアさんに巫女でいろとか言わないだろうな」
 その言葉に驚き、スティアは慌てて手を振った。
「い、いくらなんでもそれは言えない」
「言いたいんじゃないか」
 サーディは大きなため息をついて顔を覆った。スティアはスッと眼を細くする。
「何もできないのは、……、もうイヤ」
 スティアがつぶやいた言葉に顔を上げると、サーディは苦笑した。
「フォースが戻ったら、いいだけ使ってやるよ。お前は政略結婚で殉国だ」
「なにそれ。望むところだわ」
 二人が言い合っているのは、端から見ていると面白い。だが、どっちに転んでも、これから大変なのはこの二人なのだとグレイは思う。
 神官らしく、シャイア神の像にひざまずき、祈ればいいのかもしれない。でもシャイア神はライザナルにいるのだし、むしろ上手くやってくれるようにと、グレイはフォースに祈りたい気分だった。
「お茶をお持ちしました」
 その声に続いて、廊下からユリアがお茶を持って入ってきた。黙ったままテーブルの上にお茶を置いていく。
 ユリアがサーディの側にお茶を置いた時、二人は一瞬だけ視線を合わせた。そのままわずかに笑みを浮かべながら、ユリアは廊下へと戻っていった。
 ユリアがシスターになるための申請書を前にして悩んでいたのを、グレイは知っていた。ただ、それをまだサーディには伝えていない。言ってしまったら俄然張り切りそうな気がするからだ。
 そんなことをしたら、ユリアがせっかく乗り気になってきた所を、サーディが焦ってぶち壊しそうだと思う。グレイは知らないフリで本に視線を据えていた。
 サーディがお茶を持って口を付けると、スティアはその顔をのぞき込む。
「なんか雰囲気違う」
 スティアの指摘に吹き出しそうになり、サーディは口の中の熱いお茶を無理矢理飲み込んだ。
「何のだよっ」
「何の? 分かってるくせに」
 グレイは黙ったまま、本を見ている振りで兄妹に注意を向けた。スティアは薄笑いをサーディに向けている。サーディはフッと息で笑うと、似たような笑みをスティアに返す。

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