レイシャルメモリー 1-11
「お前は黙って嫁に行け」
その言葉でスティアの顔が明らかに不機嫌になる。
「何ですって? 色々失礼だし、憎まれ口を叩くし。メナウルの王妃様には絶対向いてないんだから」
「あぁ? お前の旦那だって、メナウルに潜入して色々探ろうとしたり、穏やかじゃない行動をする奴じゃないか」
まぁどちらも正論だ、とグレイは思った。でも特に恋愛感情は、正論だからと切り捨てられるモノではないだろう。
「……、分かった。黙る」
スティアの出した結論に、グレイは思わず吹き出した。兄妹の視線が自分に向いたのが分かったが、グレイは顔を上げずに先の文字に目を走らせながら口を開く。
「いいんじゃない? お互いの気持ちを尊重するってことで」
サーディとスティアは、いまいち納得できないというような顔で視線を交わしている。そこにノックの音がした。
「バックスです」
その声を幸運だと思って立ち上がり、グレイは本を置いてドアを開けに行った。
ドアを開けると、ファルが部屋に飛び込んできた。思わずファルを目で追う。
「そういうことで」
外に視線を戻したグレイは、そう言ったバックスが鎧を着けていないことに気付いた。
「あれ?」
「今日は非番でね」
グレイの視線で察したのか、バックスが親指で指差した後方、少し離れた場所にアリシアがいる。
「お出かけですか」
「日用品の買い出しだけどね」
バックスは目配せをして手を振ると、中に入らずに扉を閉めた。
グレイが振り返ると、ファルはいつもいる階段手すりにとまっている。
「また丁度よく来てくれたな。知らせるのか?」
ファルを見上げながら言ったサーディに、グレイは、もちろん、とうなずいて見せた。
「知らないよりは、ずっといいだろ」
目に入ってきた兄妹にも、それぞれ大切な恋人がいるのだと、グレイは頭の隅で思う。
自分が好きなのはシャイア神なのだ。そのシャイア神がフォースに頼り切っている状態でいるのは、やはり癪に障る。
グレイは本を手に取ると、いつもの席に落ち着いた。こうして本を読むことで少しでも手助けになると思えば、調べ物も苦にはならない。
「多少ふらちな感情を持ってしまうこと、どうぞお許しください」
本を目の前に、グレイは声に出してそう祈る。サーディとスティアが目を丸くしたのを見て笑みを浮かべると、グレイは本の続きに視線を向けた。
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