レイシャルメモリー 2-02


 正面上部にあるエレンの肖像が視界に飛び込んできた。その笑顔を避けて目を伏せ、クロフォードの前まで進みひざまずく。イージスも一歩下がった場所でアルトスに倣った。
「怪物にも何度か出くわしたと報告を受けている。道中無事でよかった」
「陛下もお元気そうで、なによりです」
 アルトスが返した言葉に一度大きくうなずくと、クロフォードは身体を乗り出した。
「ところで、レイクスはどうしていた」
 イージスは、はい、と返事をすると軽く頭を下げる。
「ライザナルに入られています。ただ、今どちらにいらっしゃるかまでは」
「それが分かれば充分だ。行動してくれているのだな」
 クロフォードの顔に幾分笑みが浮かんだ。横に立っているレクタードは眉を寄せたままで口を開く。
「分かっているのはそれだけ?」
「いえ。恐らく我々が放置した馬車を使い、拠点の馬を二頭引きにして移動しておられます」
 馬車と聞いて、クロフォードとレクタードは一瞬視線を合わせて微笑み合った。訝しげな視線を向けたアルトスに、レクタードがそのままの笑みを向ける。
「さっきこっちに連絡があったんだ。ギデナの拠点で馬が二頭、いつの間にか違う馬と入れ替わっていたって」
 アルトスはイージスと顔を見合わせた。イージスは安心したように頬を緩めたが、アルトスは不安を拭いきれなかった。
 ギデナは、マクラーンから国境までの距離では、三分の一ほどマクラーン寄りに位置する街だ。馬車を利用しているとしても、結構な早さで移動していることになる。
 だが怪物の数が増えていることを考えると、それでも遅いくらいだと思うのだ。少しでも早くマクラーンにたどり着いて欲しい。この城でなら、いくらかでも援護ができるかもしれない。
「マクヴァルに悟られぬ範囲で手助けしてやりたいのだが……」
 クロフォードがアルトスをうかがうように言葉にした。
「できる限りのことはいたします。今は、こちらの体勢を崩さぬようにいることが一番かと」
 アルトスは、頭を下げて眉を寄せた。この場所にいると、エレンの肖像に見下ろされている感覚がある。何もできないことを悔しく思う。
「私では何ができるのか見当もつかん。ジェイストークと相談して決めて欲しい」
「御意」
 頭を下げたままそう返事をし、アルトスはジェイストークを思い浮かべた。レクタードがフフッと息で笑う。
「ずいぶんよくなったんだけど。顔を見るまでは心配だよね? ここはイージスに任せて、ジェイに会いに行けばいいよ」
 慌てて視線を上げたアルトスに、クロフォードが笑みを向けてくる。
「そうしてくれ。彼は軍部の個室にいる」

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