レイシャルメモリー 2-07


「だから何だ」
 フォースの返事に、妖精は切っ先の無い剣を下ろす。
「シャイア神がライザナルにいるとは」
 明らかな戦意の喪失に、ティオが掴んでいた妖精の手を離した。細身の剣を鞘に収めて駆け寄ると、フォースに剣を向けられている妖精の一歩後ろに立つ。
「シェイド神の気配だとばかり思い込んでいた」
 その言葉は嘘ではないのだろう、馬車を離れずにいるティオは話しを聞いているが、なにも反応を返してこない。
「どうか、剣をお引きください。そのスプリガンを呪術で召喚された妖精と勘違いしたのです。できの悪い妖精を斬ったのかと」
 ひどいや、とティオのつぶやきが聞こえた。さすがにムッとしたらしい。
「彼は仲間だ」
「ええ。申し訳ない」
 フォースと対峙した中年に見える妖精が頭を下げ、もう一人は一瞬眉を寄せてからそれに倣う。それを見てからフォースは剣を鞘に収めた。
「人間に頭を下げるなんて? って、その人偉い人なの?」
 ティオが馬車の所から声をあげた。後から頭を下げた妖精は、驚いたように頭を上げ、うろたえたように視線をさ迷わせている。
「ティオ、言葉にしては駄目」
 敵ではないと察したのだろう、リディアが馬車の窓から顔を出した。妖精の迷っていた目が、リディアに張り付く。
「シャイア神の巫女……?」
「そうだ」
 フォースの返事に反応することもなくポカンと口を開け、妖精はティオに何か言い聞かせているリディアを見つめている。ティオに偉いと言われた妖精が、呆けて開いたままの口を閉じるようにアゴを掴み、フォースの方へと向けた。
「お前も無礼だ」
 その行動に、フォースは苦笑を浮かべた。それに気付いた妖精が、失礼しました、と慌てて頭を下げる。顔を上げた視界に、術を発動した妖精が見えたのだろう、もう一度ペコッと頭を下げると、心配げな表情を浮かべ、そちらへ駆けていく。
 フォースは、剣を振るいながら聞いた召喚という言葉を思い出していた。切れ切れに聞いた言葉を会わせて考えると、マクヴァルが妖精を召喚したのが、あの黒い怪物だということになる。
「その通りです」
 妖精はフォースの思考を読んだのだろう、何も言う前に返事をしてきた。
「神官がシェイド神を身体に封じ込めていることで、妖精はヴェーナを出られない」
 フォースは気味が悪いと思いながらも耳を傾ける。ティオはリディアをフォースに預けると、話しの輪に加わらず、術を使った妖精の方へ駆けていった。
「もともとヴェーナに暮らす者、往き来できないのは何ら問題ではないのだが。ヴェーナとアルテーリアの間を呪術で無理に召喚されるのは……」

2-08へ


前ページ 章目次 シリーズ目次 TOP