レイシャルメモリー 〜蒼き血の伝承〜
第3部4章 夜陰の灯影
3. 煽動 01
夜明けが近いのだろう、空が薄闇に変わり、星が少しずつ輝きを失ってくる。リディアは御者台に座るフォースの横で、その空を見上げていた。
怪物、妖精と、立て続けに剣を合わせたせいか、フォースは疲れて眠そうな顔つきで、それでも周りをうかがっている。ティオは食べ物を集めに森に入って行ったきり、まだ戻ってこない。
「風が出てきたな」
フォースがつぶやいた言葉に、リディアは、ええ、とうなずいた。マクラーンに程近くまで北へ移動すると風は冷たく、体温を簡単に奪い去っていく。
「もう一枚着た方がよさそうだ」
そう言うと、フォースは御者台から飛び降り、リディアの方に回る。フォースが差し出してくる手を取って、リディアも御者台から降りた。フォースは馬車の扉を開け、椅子の下に片付けてあった荷物を引っ張り出している。
「ファル、大丈夫かしら」
「ファル?」
そのままの体勢で聞き返され、リディアはうなずく。
「ええ。だってヴァレスとマクラーンを行ったり来たりでしょう? 暖かかったり寒かったり」
「そういえば、そうかもな」
フォースは返事をしながらローブを引っ張り出し、リディアの前に立った。ローブを差し出そうとして、いきなり驚いたように目を見開くと、フォースはきつく眉を寄せ、目も閉じると下を向く。
リディアは、急な頭痛でもしたのだろうかと心配になり、様子をうかがいながらフォースが口を開くのを待った。フォースはゆっくり顔を上げたが、視線に力が無いせいか目も合わず、ちょうどリディアの胸の辺りを見ている。
「フォース?」
リディアの声に、フォースはハッとしたように顔を上げた。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでも……」
そう答えたが、フォースは眉を寄せたまま、何かを振り切るように頭を振った。視線が定まっていない。
「フォース?」
もう一度呼びかけたが、今度は答えを返さず、頭を抱えるように手をやった。手にしていたローブが道に落ち、息がだんだんと荒くなってくる。
「フォース、どうしたの? 具合でも」
心配してかけた声も、届いているのかいないのか分からない。フォースは身体を支えるためか、馬車に手を付いた。
「に、げ……」
「え? 今、なんて?」
よく聞き取れずに問いを向けたが、やはり返事がない。何が起こっているのか分からず、リディアはフォースの側に立つと、熱があるのか確かめようとして手を首に伸ばした。
そこをいきなり抱きすくめられた。馬車の車体に背中を押しつけられる。
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